1970年代、陸路でデリーからロンドンを目指す若者がいた/深夜特急 沢木耕太郎

旅行に行くときは移動中に旅行記を読むことにしていて、読む本を探していたところ深夜特急という有名な本があることを知り手に取りました。

【簡単なストーリー】

26歳の「私」はデリーからロンドンまで乗り合いバスで行けるかどうか友人と賭けをした。

成功したらロンドンから「ワレ成功セリ」の電報を3,4ヶ月後には打つと宣言し、旅に出た「私」だったが、4ヶ月が経ったというのにまだデリーにすら着いていなかった。

気に入った国に長居をし、あれこれ見て回るうちに時間が経っていたからだった。

これではいつまで経ってもロンドンに辿り着かないと焦る「私」だが、ロンドンをただ目指すだけの旅に焦りなど必要のないことに思い至る。

興味の赴くままに「私」は旅をし、様々な人や文化に出会っていく。

著者:沢木耕太郎/新潮文庫

バックパッカーたちのバイブル

バックパッカーのバイブル本とも呼ばれ、ある年齢層には絶大な人気と影響力があったそうです。この本の影響を受けて、外国へ放浪の旅に出かけた人が沢山いたんだとか。

あまりの人気に大沢たかおさんが主演でテレビドラマが製作されたほどです。

旅行記がドラマ化されるなんて中々ないですよね。

文庫版は全六巻で、文庫の厚さはそれほどないのですがそれが六冊となるとそれなりの文量になります。

インドのデリーに辿り着くのが三巻の終わりの方で、旅の目的を考えればやっとスタート地点に着いたことになります。

最短距離を目指したり、いかに早くロンドンへ行くかを考えたり、最小金額で行けるかどうか試したりといった制約が設けられていないため思いつくままに旅をしていきます。

香港の熱狂

少しの滞在のつもりの香港が「私」の性に合っていたようで、刺激的な毎日に「私」は熱狂し気づけば数週間も滞在します。この期間のお話が第一巻になるのですが一冊まるごと一つの国の内容になっているのは香港だけで、いかに「私」にとって香港が魅力的な国だったかがわかります。

観光名所にはほとんど行かず、街を散策して観光客がいないような路地やお店で買い物をしたり、地元民と混ざって食事をしたりします。

その情景描写が的確で、一緒に香港の街を歩いているような気がしてきます。

怪しい安宿に泊まったり、見知らぬ人に食事を奢られたり、言葉が分からないながらも子供たちと遊んだりと楽しむ「私」が見て感じる香港は、観光や一時の滞在ではわからない生身の香港という国が浮かび上がってくるかのようです。

かかった費用についてもきちんと記載があるため当時の物価がわかり、より読んでいて臨場感があります。

文字通りに自由気ままな旅をする「私」は、ロンドンを目指すだけで良いので合わないと感じた国には長居しません。

香港を出てからもしばらくは香港が忘れられず、うまくかみ合わないと感じたタイのバンコクなどはすぐに移動してしまいます。

旅をするということ

インドのデリーに着くまでに二段ベッドだけが並んだドミトリーと呼ばれるバックパッカー御用達の宿があることや、満員の列車は荷台に寝転んだほうが良いなどを覚え旅慣れしていきます。

すると出会う同じような旅行者から頼られるようになっていきます。

「私」が現地の物や文化を積極的に取り入れるのに対して、旅行者はそこまで同化が出来ずどこか母国の習慣や価値観に引きずられて、訪れた国に対して非難したり悪感情を抱いてそそくさと別の国に移動してしまいます。

旅への姿勢について「私」はそうした価値観の違いに違和感を覚え、旅とは一体どういうもので、何をしに行くのかということについて度々考えるようになります。

観光名所を巡り観光客慣れしたお店で飲食をすることが表舞台とするのなら、「私」の旅はまさに舞台裏を覗くようなもので、そこにはその国の抱える綺麗ごとばかりではない現実があります。

長すぎる旅は好奇心を摩耗させていく

出会う旅人の中には虚ろで退廃的な目をした若者にも出会います。

刺激的な毎日を送っているはずの旅人の中には、こうしたすべてに興味を失い自身の命についても投げやりな、生きる屍のようになってしまう者が少なくありません。

ロンドンに近づくにつれ「私」もまた命に対する執着が薄くなり、旅に対する好奇心が次第に薄れて行ってしまうのを感じます。

旅慣れから旅擦れしていく自身に嫌悪を感じ始め、この旅を終わらせようとロンドンへ急ぎついに電報を打つ、というところで終わります。

期限のない自由な旅は羨ましいのですが、あまりに長く日常から離れて一日中街を散策したりぼーっとしたりすると元の日常へは戻れなくなってしまうのかもしれません。

「私」のような刺激的な旅が出来ないので、様々な国の日常や観光客とは違う旅をするバックパッカーの生活が垣間見れて面白く、あっという間に読み切ってしまいました。

「私」と一緒に旅をしているようで、読み終わると「どこか旅に出よう」という気持ちが強く湧き上がってきます。

発売当初に多くの人が外国へ旅立ったことも、バックパッカーたちのバイブル本になったことも納得の内容でした。

インターネットがなく、スマートフォンもない1970年代の旅は何もかもが手探りで旅人同士で情報を交換し合ったり、地元の人に助けてもらったりと人との関わり合いの深いものでした。

ファイナルファンタジーやドラゴンクエストのようなロールプレイングゲームの街から街への旅を現実で行うと、本書の「私」の旅のようになるのかもしれません。

現代のバックパッカーたちの旅の常識は、インターネットとスマートフォンによって劇的に変わっていることでしょう。

男性だからこそ出来る旅の仕方だなぁと思い、本書を読んでいて楽しく様々な国の当時の状況が知れて興味深い内容でした。

最後に

女優の中谷美紀さんがインドを一人旅をした旅行記を出していて、深夜特急のインド滞在と重なる部分が出てきます。

アシュラムを訪れたり、体調を崩してインドの謎の薬で治したりと女性版深夜特急のようです。

女性の一人旅ながら大胆な行動をされていて、同じ国の旅でも女性と男性の一人旅の違いが出ています。

中谷美紀さんも旅行中は本を読んでいて、その本の中に深夜特急があります。

インドの本場でヨガの修行をしているので、ヨガに興味がある人や女性の一人旅に興味がある人はこちらも読んでもよいかもしれません。

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