人知れず消えていった棋士の卵たち/将棋の子 大崎善生

将棋界のことが知りたくて探していたところ、こちらの本を見つけ読むことにしました。

「聖の青春」も併せて読了しています。

【簡単なストーリー】

日本将棋連盟で編集部に在籍した大崎善生は、将棋のプロを養成する奨励会で起こる様々なドラマを見てきた。

ある一定の年齢までに昇級・昇段をしなければ、奨励会を退会しプロ棋士になるのを諦めなければならない。

年齢制限とも呼ばれるこの制度の壁に多くの奨励会員たちが涙し、将棋界を去って行った。

彼らの苦悩や挫折を目の前で見てきた大崎は、このまま忘れ去られるのではなく彼らの物語を残しておきたいと思った。

そんな中、かつて奨励会で必死にもがき、しかし壁を越えられなかった成田英二の消息がわかり大崎は会いに行くことにする。

会いに行く道中で、大崎は夢破れた奨励会員たちについて思いを馳せる。

著 大崎善生/講談社文庫

どんな本?

日本将棋連盟の編集部で働いていた著者の大崎善生さんによる、奨励会のことが書かれた本です。

将棋のことが何一つわからなくても問題なく読むことが出来ます。

奨励会とは一体どんな場所で、そこで戦う奨励会員たちはどんな人達なのか。

年齢制限というものがいかに重く、一つの勝敗で運命が大きく変わってしまうことが奨励会員たちを苦悩させ、必死でもがいていく内実に焦点を当てて書いています。

勝者の栄光の陰に隠れて、忘れ去られてしまう敗者の物語です。

年齢制限の壁

現在プロ棋士として活躍している人たちも、一つでも歯車が狂えば将棋界にいなかったかもしれないという過酷な競争の場である奨励会は、賭けた時間と情熱の分だけ退会後の挫折感からの立ち直りが難しいのです。

二十六歳というのは若いと言えば若く、社会に出る年齢としては遅いと言えば遅くといった微妙な年齢で、幼い頃から全て将棋に人生を捧げてきた若者にすぐに人生の進路を変更する事がどれほど難しいかは想像に難くありません。

負けが重なり一日ずつ年齢制限の壁が迫ってくると、奨励会員たちの焦りは強くなり憔悴していく。

そうしてある日、情け容赦なく大好きだった将棋から出ていけと宣告されてしまうのです。

職を転々としていく者もいれば、ストリートファイト紛いのことをし始めたり、世界放浪の旅に出るものなど様々な道を辿りますが、棋士への夢が絶たれたことへの気持ちの整理がつくと不思議と愛憎抱いた将棋へ別の形で関わったり励みにしたりなど変化していきます。

嵐を巻き起こし去って行った天才軍団

将棋のことをよく知らない人でも、羽生善治さんのことは知っている人は多いのではないでしょうか。

すごい棋士だということはわかっても、それが一般人の思う「すごい」と将棋界における「すごい」がどれほど違うのかが本書を読むとよくわかります。

昭和五十七年組と呼ばれ、羽生善治さん、森内俊之さん、佐藤康光さん、郷田真隆さん、豊川孝弘さん、小倉久史さん、木下浩一さんと現在もトップで活躍する棋士たちが同時に奨励会に入り、天才軍団と本書では称されて度々登場します。

血の滲む思いで勝ち星を上げようとする奨励会員たちを横目に、羽生善治さんは驚異的なスピードで昇級・昇段をしていきます。

それがどれほどの快挙かというのは、本書で書かれている奨励会員たち苦悩を知ればよくわかります。

羽生善治さんの独走ではないということが恐ろしいところで、後続には同じような天才が列をなしているのです。

本書ではそれを嵐と呼び、天才軍団が去った後の奨励会は難破船と沈没船の山だったと表現しています。

彼らがいる間に年齢制限を迎えてしまった奨励会員は悲運としか言いようがありません。

二十九連勝で話題になった藤井聡太さんと同等の実力を持つ人間が、何人もいたと考えると恐ろしい状況です。

天才たちの競争と才能の流出

本書では成田英二さんに会いに行くことが目的の旅をしていて、その道中で様々な奨励会員たちのことを思い返して彼らのことを語ります。

成田英二さんもまた棋士の夢を絶たれた一人ですが、地元では負けなしの天才少年でした。

そんな天才少年も奨励会では平凡となり過酷な競争に飲み込まれてしまいます。

本書の最後で年齢制限により才能が流出していると大崎さんは指摘しています。

日本将棋連盟がプロ棋士が増えすぎると収入を支えることが出来ないという実情がありますが、年齢制限により退会していく者たちの中にはアマチュアになり活躍する人達がいます。

プロ棋士たちを打ち負かした当時アマチュアだった瀬川晶司さんは、プロ棋士より強いとして話題になりそのまま異例のプロ棋士になりました。

その実話が実写映画になりますが、瀬川晶司さんが経験した年齢制限の壁と退会の挫折はどれほどのものだったのでしょうか。

勝者ほど満身創痍

瀬川晶司さんの退会が決定した同日、四段になれなければ退会だった中座真さんが寸前のところで昇段が決定し、がっくりと座り込んで動けなくなってしまいます。

事情を知らない者が見れば退会が決まってしまい落ち込んでいるように見えますが、昇段出来たことと、まだ将棋を続けることが出来るという現実に追い付かず呆然としている様子は、奨励会の激しい競争を物語っています。

勝者のほうが負けて見えるというのは漫画「3月のライオン」(羽海野チカ/白泉社)の三巻でも描かれています。

将棋の子と聖の青春

「将棋の子」に少しだけ登場する村山聖さんの生涯を描いた「聖の青春」は、どちらも大崎さんが著者の為「将棋の子」に書かれていたエピソードがより詳細に書かれています。

プロ棋士に焦点を充てた小説でありながら、やはりここでも羽生善治さんや天才軍団と称された人たちの存在感が大きいです。

「3月のライオン」では村山聖さんがモデルになっている二階堂晴信というキャラクターが登場し、漫画の中でも病気ではありますが生き生きとしていて元気な姿が見れます。

「聖の青春」を読んだ後だと、この二階堂が元気に将棋を指し仲間と切磋琢磨している様子はとても嬉しく、彼は名人になれたらいいな、と勝手に思っています。

漫画は電子書籍で購入している為Amazonの画像を使用しますが、六巻の表紙が二階堂晴信です。

最後に

何かと話題になる将棋界ですが、メディアに登場するプロ棋士たちがどんな競争をして勝ち残り、そうして今も戦い続けているのかが本書を読むとよくわかります。

全国の天才少年たちが奨励会に集まり、そこから一部の人間がプロ棋士になり、そしてプロ棋士の中でさらなる競争が待っている。

私たちが目にするプロ棋士はそうした競争を勝ち抜いたエリートであり、規格外の天才たちです。

彼らのすごさを知りたい人はぜひ本書を手に取ってみてください。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする