炭鉱の島で起きた事件。若き巡査は許されない失敗をした/海と月の迷路 大沢在昌

新宿鮫や狩人シリーズをきっかけにして大沢作品に嵌り、文庫化している作品を読み漁っている中で本書を本屋さんで見つけました。

【簡単なストーリー】

平成七年、荒巻警視は退職送別会で昭和三十四年に赴任した炭鉱の島でのことを話し始めた。

それは若かりし頃の荒巻巡査の許されない失敗の物語。

行方不明だった少女が溺死体で発見され、その死に疑問を抱いた若き日の荒巻巡査が単独で捜査を開始。

彼女は本当に事故死だったのか。

島中の人間に敵視されながら、真実を明らかにするため荒巻巡査の孤独な戦いが始まった。

著者:大沢在昌/講談社文庫

軍艦島がモデル

舞台のモデルは長崎県の軍艦島です。

モデルではありますが軍艦島そのものではありません。

炭鉱の島の様子や人間模様が細部にわたって描かれているためか、文庫の巻末後記にて本書はあくまで軍艦島をモデルにした架空の物語であり、島の様子を事実と誤認しないようにと著者名入りで明記しています。

それほど島とそこでの生活の描写が見事で、物語に引き込まれます。

警察が機能しない島

鉱山会社が取り仕切っている島では社員が警察官より力を持ち、社員とうまくやっていかなければ島で生活をすることが出来ません。

荒巻巡査は警察官として公正公平に対応しようとしますが、鉱員より組夫の肩を持つと毛嫌いされ孤立します。

同僚で先輩の岩本巡査にまで島の平穏を乱すとして冷遇され、慣れない捜査を一人で続けていきます。

部活や会社などそのコミュニティにしか通用しない、独特な価値観やルールがありますよね。

それを正そうとすることは、並大抵のことではありません。

作中の岩本巡査は警察官としての職責を見失っている点は擁護はできませんが、人間の心理として起こした行動を責めることはできません。

事故死に見せかけることが容易なこの島では、島中の人間たちから敵視される事が相当な恐怖であることが想像に難くないからです。

この作品の登場人物たちに、非の打ちどころのないような完璧な人間は出てきません。

感情的で時には愚かに思えるような、そんな人間らしい感情の揺れ動きが丁寧に描写されています。

最後に

荒巻巡査の熱意に次第に協力者が集まり、真実に迫っていきます。

そしてついに追い詰めた犯人との攻防戦になりますが、終盤のこのシーンの緊迫感は未熟な荒巻巡査が主人公なだけに、読者も緊張感を覚え結末が気になって仕方なくなります。

犯人に対する伏線はしっかりと張られており、鋭い人は犯人判明のシーンより前に気づくかもしれません。

退職送別会で語った失敗談としてこの物語は始まりますが、荒巻警視の悔恨の物語でもあります。

事件は解決したものの半端な結果となり、荒巻警視は退職を迎える日まで後悔し続けます。

恐らく自身が亡くなる日まで悔やみ続けるのでしょう。

許されない失敗とは何かはぜひ本書でお楽しみください。


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