ハードボイルドな私立探偵を目指しているのに依頼はペット捜索ばかり。うんざりしているところへ和服美女から猫の捜索依頼がやってくる。喜んで引き受けた依頼だったが、反社会的勢力のボスから同じ猫を探すよう依頼がやってきてしまう。まさかの板挟みにハードボイルドな私立探偵を目指す男の運命は?/サニーサイドエッグ 荻原浩

この記事は前作「ハードボイルドエッグ」を読了していることが前提の記事となります。

「ハードボイルドエッグ」のネタバレを気にせず書いていますので、読んでいない方はご注意ください。

「ハードボイルドエッグ」の紹介記事はこちら

【簡単なストーリー】

ハードボイルドな私立探偵最上俊平は、前回殺人事件を鮮やかに解決して見せたことでその名声が高まり、ハードボイルドな私立探偵が必要な依頼が殺到して……いなかった。

相変わらずやってくるのはペット捜索の依頼ばかり。

不本意ながらペット探偵としての腕と評判ばかりが上がる日々にうんざりしているところへ、和服の美女からロシアンブルーの猫を探して欲しいと依頼がやってくる。

いつもの猫探しだが、依頼人が和服美女ということであれば俄然やる気と妄想が止まらない最上俊平のもとへ、あまり関わり合いたくない類の反社会的勢力から同じくロシアンブルーの猫を探して欲しいと依頼がやってくる。

同時にロシアンブルーの猫がいなくなって、依頼が重なる偶然があるのだろうか。

不思議に思いながらも、反社会的勢力から言い渡された捜索期限はたったの三日間。

見つからなければどうなるのかという恐怖を感じつつ、2件同時の捜索を開始。

色んな意味で大変な依頼だが、今回はJの紹介でブロンドで青い目の若い娘が秘書として「公私」共にサポートしてくれることになっている。

秘書採用に苦い経験のある最上俊平だが、やって来たのはJの言う通り「ブロンド」で「青い目」で「若い娘」ではあったのだが……。

街では動物を残酷に殺して回っている愉快犯がうろついていて、早く見つけなければ依頼の猫が殺されてしまうかもしれない。

ハードボイルドとはちょっと違うけれど、別の意味でドキドキが止まらない猫探しに最上俊平は奔走する。

著:荻原浩/創元推理文庫

どんな本?

前作「ハードボイルドエッグ」の続編にあたる本作では、「ハードボイルドエッグ」の後の最上俊平がどうしているかが描かれています。

最上俊平はペット捜索の探偵として前作以上に腕を上げており、ペット探偵として割り切って働けばいいのではと思うほどで、相変わらずハードボイルドな探偵とは程遠い状態です。

本作ではペット捜索が中心となる為、物語のほとんどがペットの捜索の場面となります。

その為、腕を上げ専門家のようになった最上俊平のペット捜索の極意とテクニックが作中にたくさん登場します。

前回の相棒は推定80歳以上の曲者のおばあさんでしたが、今回は未成年の少女で最上は大人の男としての対応をしなければならなくなります。

予測不能な少女に振り回されながら、ロシアンブルーの猫を探し回ります。

前作との大きな違いはペット捜索が中心になることと、大人としての責任感を持って少女に接する常識人な一面を見せる最上の新しい姿が描かれることです。

【Jと自己の不一致】

ペット捜索ばかりで理想のハードボイルドな私立探偵になれないながらも、まだ諦めきれない最上はハードボイルドな私立探偵を演じることを止めません。

ところが、同じ仲間だったJは前作でおでんを販売し始めたと思ったら今度は妻に押し負けてランチタイムで定食を売り始めます。

最上が店でハードボイルドな私立探偵らしく馴染みの店で一杯の酒だけの注文で済まそうとする振る舞いをすると、Jは笑っていない目で二杯目を頼めという圧力をかけてきて、最上は二杯目を注文します。

客単価を上げるため、最上に原価がタダ同然のピスタチオを出して食べさせたりとにかく経営を改善するためになりふり構っていられなくなります。

ここまで変化があるとJのお店はハードボイルドな私立探偵に相応しくないのですが、Jと最上の会話は相変わらずハードボイルドな私立探偵の世界観を守った独特の言い回しや会話の表現を多用します。

Jの急激な変化は、妻からの自己の不一致によるものだという指摘と飲食店経営セミナーに参加させられたことが原因でした。

現実と乖離のある自分を想像して追いかけているだけというJの妻の指摘は、最上にも身に覚えのあるもので、Jのお店と同じく経営難な探偵業をしている最上にとって他人ごとではありません。

自虐と皮肉でバーから定食屋に変わろうとしているお店の現実を誤魔化しながら、Jは最上にブロンドで青い目の若い娘を雇わないかと持ち掛けます。

モデルをやっていたという一言で俄然乗り気になった最上は、Jの言うブロンドで青い目で元モデルの若い娘の面接をすることにします。

冒頭のシーンでは大金持ちの女性からの依頼で犬を探しているのですが、ペット探偵としての技術と経験をいかんなく発揮していて、それを本職にした方がいいのではないかと思うほどです。

ヘタレで美女に弱くて、理想と現実が追い付かない言動をする最上ですが相変わらず損をする生き方を選びます。

犬が飼い主から逃げた理由を察した最上は犬にとっての幸せを優先します。

前作のイグアナ捜索の件といい、最上は変人ではありますが「優しくなければ生きていく資格がない」を実践していて、一見ヘタレで現実を見ない情けない男に見える最上俊平の不思議な魅力となっています。

お金にならなかった仕事を終えてJのお店に行くと、そこで自己の不一致と現実との折り合いをつけるJの姿に、他人ごとではないものを感じます。

実はペット捜索の業者が進出してきており、最上の仕事に影響がありました。

Jのように経営改善を図る必要があることを自覚した最上は少しだけペット探偵としての営業に力を入れます。

【和服美女の依頼】

居眠りをしていた最上のもとへ和服の美女が依頼に訪れます。

今まで見たこともないような美人の来訪に、動揺しながらついにハードボイルドな私立探偵に相応しい依頼が来たと期待し、美人と自分とが織りなすロマンスへの妄想が爆発する最上ですが、和服の美女の依頼はいつもの猫探しでした。

肩透かしながらも美女からの依頼にやる気が出る最上は、長尾千春と名乗った美女からのロシアンブルーの猫「リュウ」の捜索を引き受けます。

小料理屋のしているという千春に見惚れて、下心を抑えながら事情聴取を終えた最上は早速リュウ探しを始めます。

千春とのやり取りでは、最上が業務の効率を図るために専用の調査書を用意している様子やリュウの写真から種類と良い猫であることを読み取ったりと、最上が経験豊富な有能なペット探偵であることがわかります。

時折千春に対して邪な想いが入るものの、捜索に必要な情報を整理して手に入れているあたりただの下心丸出しな男ではありません。

今までの経験からリュウの発見率が低いことはわかっていましたが、見つかると豪語して千春を悲しませないように見栄を張ってしまうあたり、人情と美女に弱く効率やビジネスを考えられない最上らしさが出ています。

【秘書と猫探し】

リュウを探し始めたもののそう簡単に見つかるわけもなく、空振りのまま事務所に戻ると面接予定の「ブロンド」で「青い目」で「若い娘」が待っていました。

ところが、どう見ても未成年で鳥の巣のような頭に染めて作った金髪、青い目はカラーコンタクトという、想像していたのと異なる秘書候補に最上は唖然とします。

濃すぎる化粧にへそピアス、露出の多い服装にガムを噛みながら舌足らずな話し方をする少女は茜と名乗り、いい加減な履歴書を出して最上の質問にまともに回答をしません。

居座ろうとする茜を追い出すため、最上は心臓発作の振りをして茜を追い出すことに成功します。

厄介払いをした最上ですが、最近周囲で起きている動物を残酷に殺しまわっている愉快犯があたりをうろついている可能性を考え、外に追い出した茜のことが心配になります。

入り口に五千円札を置いて茜が帰ることが出来るようにした後、最上も休むことにします。

翌朝すぐに五千円札を確認するとそのままになっており、茜は戻ってきていないようでした。

リュウ捜索の為ステーションワゴンに乗り込み、出かけようとすると茜が背後から現れます。

どうやら昨夜のうちにステーションワゴンに潜んで夜を明かしたようでした。

強引に着いてきた茜にそのまま猫の捜索を手伝ってもらうことにして、リュウの捜索を始めます。

茜に猫捜索の極意を伝え、捜索を始めますが簡単には見つかりません。

猫が入りやすそうな家を調べようとすると、住人の金色ネックレスのいかつい男に見つかってしまいます。

警察に通報されそうになる最上の危機を茜が咄嗟の機転で助けます。

頭が足りなそうに見えて、意外な才能を発揮をする茜に最上は驚きます。

一日費やしてもリュウの痕跡すら見つけられず、その日は解散となります。

Jの紹介で現れた秘書候補がまさかの斜め上の少女で、傍若無人な振る舞いに最上は手を焼きます。

前作ではおばあさんが最上よりも強かだったため中々追い出すことが出来ませんでしたが、今回は最上の方が人生経験が豊富な分、茜を簡単に追い出すことが出来ます。

しかし、おばあさんとは別の方向性でぶっ飛んでいる茜は針金一本でステーションワゴンに乗り込んだり、置いていかれることを警戒して洒落にならない細工を車に仕掛けたり、突飛な行動が多いせいでショットガンで花瓶を割ったという話が作り話に聞こえません。

最上が茜に伝授した猫探しの方法は地道ながらも本格的で、最新機器を使用してペットを探し出すことを売りにしている同業他社とは比較になりません。

厄介に思いながらも家に帰る為のお金を外に置いといてあげたり、金欠なのにご飯を奢ってあげたり、茜との会話の端々から察せられる家庭環境から最上は素直に認めませんが茜に優しく接しています。

喫煙を注意したりまるで親のように茜の世話を焼きます。

茜は普段の話し方からは想像もできない、別人のような声と話し方で演技をすることが出来て、その特技が最上の窮地を救います。

この時父親と娘という設定を作ったおかげで、街中を猫を探してうろつくのにとても有利に働きます。

何をしでかすかわからない茜ですが、子供らしい素直なところもあり猫を探すためだけの設定の父親と娘でしたが、最上は茜のことを放っておけなくなっていきます。

【もう一つの猫探し】

最上が事務所に戻ると新しい依頼者が現れます。

ダークスーツを着た東亜開発の添田と名乗った男は、仕事を今すぐ依頼したいと迎えの車を用意して最上を強引に連れて行こうとします。

車の迎え付きの依頼に、今度こそ私立探偵に相応しい依頼かもしれないと期待した最上ですが、あっさり猫探しをしてほしいと告げられ落胆します。

丁重な迎え付きは悪い気はしない為深く考えずに迎えの車のベンツに乗り込みますが、ベンツの内装と設備についはしゃいでしまって、添田の正体に気づいた時には後戻りが出来なくなっていました。

左手の小指がない添田が連れて行ったのは、予想通り反社会的勢力の根城で最上は怯えて声が細くかすれてしまいます。

通された部屋には数えきれないほどの猫がいて、どう見ても組長としか思えない社長の三上から、最上は探して欲しい猫の特徴を冷や汗をかきながら聞き出そうとします。

ところが、三上は猫に向かって赤ちゃん言葉で話しかけたり、探して欲しいと依頼するのに猫の特徴を答えられなかったり、遠まわしに脅すような発言をしたりと癖が強すぎて捜索する猫の特徴を把握できません。

添田がサポートに入り、どうにかして猫の名前と品種がロシアンブルーであることがわかりますが、連続でロシアンブルーの猫の捜索依頼があることを不思議に思います。

報酬は充分な金額でしたが、三日で探し出せと無茶な条件を付けられます。

用件だけ突き付けて三上はいなくなってしまいます。

代わりにその場に残ったカシラの添田は、調査を続けようとする最上に静かな口調で丁寧な言葉を繰り返して最上の要求を拒否します。

丁寧な言葉でありながらマッチ棒を折り続ける添田に恐怖を感じ、最上は失踪現場である三上の部屋の調査を諦めます。

最上は建物の周囲の状況を確認して、とりあえずこの日の調査は終わりにすることにします。

三上は自分で呼びたくないような名前を付けて添田に代わりに言わせたり、猫について訳の分からない持論を持っていたりと、付き従う添田たち組員は苦労してそうです。

最上は殺されるかも知れないという恐怖と緊張を感じているのですが、猫を見つける為の必要最低限の調査をしようとしているあたりただのヘタレではありません。

分かりやすい暴力と威嚇で圧力をかけてくる者には、つい条件反射でハードボイルドな私立探偵を演じて相手を逆上させてしまう最上も、丁寧な言葉遣いを繰り返しながらマッチ棒を折り続ける添田には恐怖を感じて引き下がります。

厄介な調査を抱え込んだ最上は茜に手伝ってもらうことにします。

【動物虐殺事件と猫の秘密】

三日で探すように言われた猫探しのもう一つの障害が、最近連続で起きている動物虐殺事件です。

探している猫が殺される可能性があり、それが三上の猫だった場合のことを考えると恐怖しかありません。

犯人は殺す動物を探して街中を歩き回っており、同じく依頼の猫を探して街中を歩き回る最上と茜は犯人に遭遇してしまう危険性があります。

茜は猫探しの呑み込みが早く、教えた技術を使って猫探しを手伝ってくれます。

茜に虐殺事件の犯人に気を付けるように言って、茜にリュウ探しを任せた最上は組員たちと三上の猫を探します。

猫探しの素人で粗暴な振る舞いをする組員たちが一緒では、猫を見つける前に逃げられてしまいます。

結局何も手掛かりのないまま、茜と合流しようとすると茜はすでに帰ってしまっていました。

茜が残した調査の痕跡から、茜が真面目にリュウ探しをしていたことを知ります。

感心しながら神社に向かうと、そこには無残にも殺された動物の虐殺死体がありました。

第一発見者となってしまった最上ですが、普段の素行のせいで警察から怪しまれ執拗な取り調べを受ける羽目になります。

警察から解放されて自宅に帰ると、添田から三上の猫の写真が届いていました。

これまでのペット捜索の経験から、写真を見た最上は千春のリュウと三上の猫が同じであるという確信を持ちます。

三上たちが探している猫を何故千春が探しているのか。

謎は深まるばかりで、最上は無事に猫を見つけ出した場合どちらへ渡せばいいのか判断に困ることになります。

笑いをこらえながら読み進めていたところに、突然の動物の虐殺死体発見の場面はホラー小説のような怖さと惨さがあり、最上が優しい人物だからこそ発見してしまった時の心理描写に辛いものがあります。

この場面の描写は今までのコミカルな描写とは異なり、その温度差に驚きます。

容疑者として取り調べを受けることになるのですが、警官とは仲良くしない主義の最上はハードボイルドな私立探偵を演じて強がりながら、一部プライドを売り渡してペット探偵をしていてあの場には捜査にいただけだと主張します。

最上がペット捕獲用の檻を持っていたこともあって警察は全く信用しません。

取り調べの中で、最上はあの場に人間の死体があったのかどうか確認をしていますが、現場近くにいたはずの茜が事件に巻き込まれたのではないかと心配しての確認で、動物が虐殺される現場の近くにいることが多い茜を最上はずっと心配しています。

「ハードボイルドエッグ」でも関わった警察の須藤と連絡を取ることで、容疑が晴れて解放されますが、最上の受難は続きます。

千春のリュウと三上の猫が同じという事実が最上を困惑させます。

【最後に】

「ハードボイルドエッグ」と同様に本作も会話でも地の文でも笑わせてくれますが、最後まで読むと細かに張り巡らせた伏線に驚きます。

強烈な相棒だったおばあさんの代わりに新しい相棒になった茜ですが、茜には最上を困惑させる秘密がありました。

この秘密のせいで、最上は窮地に陥るのですがそれでも茜を見捨てることはしません。

空腹を我慢できなくてキャットフードを食べるかどうか葛藤したかと思ったら、依頼人の為に決死のカーチェイスをしたりと、情けなさとカッコイイ部分との差が激しいです。

猫探しが中心な事もあって、猫小説と言っていいほど猫の動きや習性について詳しく描かれています。

「ハードボイルドエッグ」ではおばあさんと殺人事件の捜査でドタバタ劇となっていましたが、今回は人にも動物にも優しい最上俊平の一面が描かれています。

どこまでも弱くて情けなくて、見栄っ張りだけど優しさだけはぶれない最上俊平の活躍をもっと読みたいと思いました。

カッコよくないけどカッコイイ、笑いながらも最後はしんみりするそんな小説を読みたい人にお勧めです。

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