織田裕二さんと天海祐希さんの主演で2009年に劇場公開されていた「アマルフィ 女神の報酬」の小説版です。
本棚で本書を見つけて、映画の予告CMは覚えていましたのでもしかして映画のかな、と手に取りそのまま読んでみることにしました。
【簡単なストーリー】
不正を暴き、腐敗した慣習を無くし、国益と外国に住む邦人保護を優先する外交官としての職務に忠実な黒田康作は、直属の上司の命令で外務大臣のイタリア訪問に関する警護の仕事を任される。
世界各国の大使の不正を暴くため、世界中の大使館を転々とする黒田は身内の大使館職員からは煙たい存在となっていた。
訪れたイタリア日本大使館は、例のごとく腐敗と私腹を肥やす慣例に毒されており、大使館職員としての自覚のない出来損ないばかりの集まりだった。
黒田は敵意を向ける大使を相手に、外交官としての職務を全うするため業務改革に乗り出す。
何者かがイタリア日本大使館に火炎瓶を投げ込む事件が発生した後、黒田のもとに日本人の少女が誘拐されたと通報が入る。
身代金要求の連絡を受け、面倒ごとを避けようとする大使館職員を無視して黒田は少女を救うためイタリア中を駆け巡る。
日本人少女誘拐事件が、悲しき復讐劇の幕上げだった。
美しい街、アマルフィに切なる願いを込めて。
著者:真保裕一/講談社文庫
どんな本?
外交官としての職務に忠実で、不正や怠慢を嫌い、職務を全うするため大胆な行動に出ることもある、戦う外交官の黒田康作を主人公とした小説です。
本作では黒田が外交官とはこのようにあるべきという理想像を具現化したような存在として活躍しますので、その正反対の存在として位置づけられる大使館職員や警察組織などは悪い部分が強調され、「お役人仕事」や「お役人根性」と言われるような描き方をされています。
自らの外交官としての正義と良心によって行動し、組織に歯向かうことになっても一人で戦い続ける孤高のヒーローを描いた作品です。
犯人側の視点が時折差し込まれて、少女誘拐事件がただの事件ではないと読者に明かし、犯人の狙いが気になるようになっていて、最後まで一気に読みたくなります。
本作の物語の性質上、悪い部分ばかりが強調されてしまった大使館職員たちですが、大使館職員によって助けられた人たちの実際のエピソードが書かれた作品はたくさんあります。
「深夜特急」(著 沢木耕太郎)ではデリーからロンドンまで陸路で目指す旅の途中で大使館に立ち寄る場面があります。
「西南シルクロードは密林に消える」(著 高野秀行)では違法な国境越えをした著者を助ける為動いてくれています。
実際に外国大使として赴任した経験を語った「英国診断」(著 北村汎)では、大使としての実際の仕事のことが描かれていますので、大使館について興味を持った人は読んでみてもよいと思います。
【腐敗と怠慢 戦う外交官】
物語冒頭では黒田がギリシャで犯人を摘発する場面から始まり、黒田という男が権威を恐れずあらゆる手段を用いて最善の行動をする人物であると読者に印象づけています。
大使から反対をされ、職員の援護も受けられない為黒田は単身で犯人グループの船へ乗り込み、犯人と格闘までして現地警察に身柄を引き渡します。
現地大使館職員は黒田の行動を迷惑がり、自分は関係ないと保身に走ります。
ギリシャ政府や警察組織も、日本人外交官の協力要請には中々応じてくれません。
この冒頭の場面は黒田という本作の主人公がどんな人物で、周囲からどのような存在と思われているのかが表現されており、この冒頭のシーンは本作の全てが凝縮されていて、物語全編にわたって繰り返し描かれます。
黒田は上司の命令でギリシャからイタリアの日本大使館勤務が決まり、イタリアを訪れますが出迎えた若手の女性職員の安達香苗の態度や案内された住居から、イタリア日本大使館もまた腐敗と怠慢が蔓延していると悟ります。
外務大臣来訪の為の警備計画などやらなければならないことが多くあるにもかかわらず、職員たちの仕事への意識は低く、黒田はその実情を嘆きます。
必要とあらば犯人との格闘も辞さない黒田は異色の外交官であることが分かります。
とにかく大使館職員の怠慢が描かれる場面が続き、出世を気にして腹の探り合いや責任の押し付け合い、非協力的な態度など黒田の職務遂行には困難が付きまといます。
その中でも、若手の安達香苗は黒田の指示に従う素直さがあり、イタリア日本大使館の悪習にまだ毒されていない為、黒田に協力してくれます。
【誘拐された少女 孤軍奮闘する黒田】
大使館に火炎瓶が投げ込まれる騒ぎが起きた後、ホテルで日本人の少女が誘拐されたと連絡が入り、黒田は現場に急行します。
母親の矢上紗江子はトイレに行くと言って戻ってこなかった娘のまどかを心配して、恐慌状態となっていました。
ホテルの警備体制は万全ではなく、誘拐の責任を取りたくないホテル側はあいまいな態度で黒田の事情聴取に応じます。
状況を把握している最中に身代金要求の電話が入り、明日までに10万ユーロを用意しろと告げられ電話を切られてしまいます。
誘拐事件が起きてしまったことが確定し、大使館職員は紗江子に今後どのような行動をとるのか質問をします。
大使館側は誘拐事件で死者が出て責任を取ることを恐れ、イタリア警察に全て任せて出来るだけ関わらないようにしようと、黒田には紗江子に助言をするなと釘を刺します。
身代金を用意し、警察に通報しないことを決めた紗江子でしたが、突然イタリア国家警察がホテルにやってきてしまいます。
イタリア国家警察が押し掛けたことで事態はややこしくなり、一度紗江子をイタリア日本大使館に連れていきます。
イタリア語が話せる黒田が通訳として紗江子に同行することとなり、大使館職員たちは事件との関わりを深くしようとする黒田を露骨に嫌がります。
黒田はそれらをはねのけ、少女を救うため紗江子と行動を共にします。
【不可解な誘拐事件 犯人の狙い】
紗江子の夫という設定で黒田は身代金受け渡しに同行します。
黒田は紗江子の態度に不審なものを感じます。
また、紗江子が身代金を用意できた上に旅行先のアマルフィが身代金受け渡し場所になったことから、犯人は紗江子のことを良く知る身近な人物ではないかと推測します。
黒田に対して警戒心を解かない紗江子は、とにかく身代金さえ渡せば娘は無事に戻ってくると強く思っているようで、その態度にも黒田は釈然としないものを感じます。
黒田と紗江子は犯人の指示通りに行動しますが、突然男から身代金を奪われ、潜んでいた刑事たちが一斉に犯人確保に飛び出していき、犯人を逮捕してしまいます。
誘拐犯から電話が入り、取引は失敗だと告げられ、身代金を奪った男は誘拐犯の主犯ではありませんでした。
茫然自失となった紗江子は一言も口を利かないままホテルの部屋に閉じこもります。
一連の少女誘拐事件には不可解なことが多く、また紗江子の言動にも怪しい部分が見受けられ、黒田は誘拐犯の狙いが何かあるように思えてなりません。
火炎瓶を投げ込まれた事件は、環境団体からの犯行声明が出ますがこちらの事件についても黒田は納得できないものを感じます。
【二人だけの捜査】
身代金を渡せず、娘も戻ってこなかった紗江子はその怒りを黒田にぶつけます。
娘を助けるために行動をしてくれない大使館や、邪魔ばかりをするイタリア警察に紗江子は苛立ち、部屋に籠ってしまいます。
紗江子はノートパソコンで何か作業をしており、その集中力から黒田は不審なものを感じ紗江子が何をしているのかを強引に突き止めます。
あらゆる協力を拒む紗江子に、黒田は外交官としての立場ではなく一人の人間として少女を助けるために行動することを誓い、二人だけの捜査を開始します。
単独で動く黒田に大使館職員たちは怒りをぶつけてきますが、それらを全て無視し紗江子と行動を共にします。
黒田のことは信じると言葉を口にしながら、紗江子は明らかに何かを隠していました。
二人だけの捜査は、やがて少女誘拐事件からあるテロ計画の存在を突き止めます。
黒田は少女の命とテロ計画を阻止するため、周囲の理解と協力を得ることが出来ない中、一人で戦います。
二人だけで捜査を始めると、少女誘拐事件の裏側が明らかにされていきます。
紗江子の言動の真意も分かり、二人の捜査は犯人へと迫っていきますが予期せぬ出来事が起きて、捜査は混乱します。
黒田は犯人の用意周到な計画に気づき、テロ計画を阻止するため奔走します。
【最後に】
本作では所属する組織や国籍、それぞれの個人的な立場や思惑が絡み合うことで、黒田の捜査に横槍が入ることが多く、一致団結して犯人逮捕に動くことが出来ません。
誘拐事件の初っ端から警察に連絡を入れるものが出てきてしまうし、身代金受け渡しでは刑事たちが誘拐犯かどうかわからないまま飛び出してきて、取引を台無しにします。
黒田が慎重に動こうとしても、外交官一人の力では異国の警察組織や現地の人々を統率して指示を出し、思う通りに動かすことは不可能で、黒田は不自由の中で戦わなければなりません。
また、身内のイタリア日本大使館は責任を負うことを恐れて黒田に協力をせず、怒鳴りつけるばかりで役に立ちません。
異なる組織ではその連携が難しく、黒田のように職務遂行の為なら手段を選ばず行動する勇敢な人間は早々いません。
歯がゆいくらいのこの不自由さは、小説ながら現実でも本当にありそうなもので、協力して動くことのできない人間たちの身勝手さや、少女の命が危ないというのに見捨てるかのような言動に人間の矛盾が現れています。
全編にわたって描かれる人命を軽視して保身に走り、協力がうまくできない人間たちの様子はそのまま犯人たちの犯行の動機そのものです。
紗江子と二人で捜査を始めてから次々と真相が明らかになり、テロ計画阻止の為奔走する場面は、その緊迫感と展開の速さに結末まで一気に読んでしまいます。
文庫版の解説によると、本書は映画の為にストーリーが作られていて、映画公開に合わせて小説が執筆されたという経緯の作品で、映画と小説ではラストシーンが異なるようです。
正しさの為なら一人でも戦い続ける孤高のヒーローが好きな人、二転三転するストーリー展開が好きな人にお勧めの作品です。