レベル7までいったら戻れない。不可解な言葉を残して消えた少女。同じ頃、都内のマンションの一室で記憶喪失の男女が目を覚ます。部屋には大金と拳銃、血の染みがついたタオルがあった。二つの事件が交錯する時、見逃された悪が暴かれる/レベル7 宮部みゆき

私にとってこの作品が初めての宮部みゆきさんの本で、以後他の著作を読み漁るきっかけとなりました。

常に第一線で活躍され、よく映画やドラマ化されている作家さんですが、初期の作品も面白いのでぜひ手に取ってほしいです。

【簡単なストーリー】

レベル7までいったら戻れない。

不可解な言葉を残して消えた少女、貝原みさおを心配した真行寺悦子はみさおの行方を捜していた。

同じ頃、都内のマンションの一室で記憶喪失になった男女が目を覚ました。

部屋にはまともなお金とは思えない札束と、拳銃そして血の付いたタオルがあった。

自分の素性さえ思い出せない二人の腕には「レベル7」という刺青があり、二人は混乱する。

混乱状態の二人に隣の部屋の住人だという怪しい男が、強引に部屋に入り拳銃を見つけてしまう。

男は二人にある取引を持ち掛ける。

みさおを心配して捜索をする悦子に、一本の電話が入る。

「真行寺さん、たすけて」

それは行方不明のみさおからだった。

消えた少女と記憶喪失の男女の物語が次第に繋がりはじめ、思いもよらない凶悪犯罪へと辿り着く。

見逃された悪が今、暴かれる。

著:宮部みゆき/新潮文庫

どんな本?

1990年に出版された作品の為、インターネットは気軽に使えずスマートフォンどころか携帯電話さえ誰もが持っている時代ではありません。

作中の真相追及で奔走する登場人物たちの行動は、今では当たり前の文明の利器を使えないことを念頭に置いて読む必要があります。

今だったら簡単にわかるのに、と考えてしまう場面がありますが、そこは出版された当時の状況を考慮に入れて読みましょう。

物語は消えた少女の行方を追う真行寺悦子と、マンションの一室で目を覚ました記憶喪失の男女の二つの軸で展開されます。

まったく繋がりの見えない二つの物語が、少しずつ繋がりを見せて最後には大きな一つの物語となり、驚きの真相が明らかになります。

【見知らぬ部屋 記憶喪失の男女】

マンションの一室で男が目を覚ますところから、物語が始まります。

目を覚ました男は、見知らぬ女性が横で寝ているのに気づいて驚きます。

男は部屋を見回して状況を把握しようとしますが、目に留まった物の名称を思い浮かべるのに時間がかかります。

見覚えのない部屋に、目覚めた直後のせいか言葉が頭に上手く浮かんできません。

一つ一つの言葉を確かめるように思い出していく作業に、男は昨夜一体何があったんだろうと疑問に思います。

そして、断片的に何かの映像が浮かんできますがそれが何のことかはわかりません。

部屋をうろついているうちに、男は自分の名前さえ分からなくなっていることに気づき驚愕します。

鏡で見た自分の顔にも見覚えがありませんでした。

やがて目覚めた女性もまた同じように記憶喪失になっていて、二人は互いが誰で何故ここにいるのかわからないまま、途方にくれることとなりました。

記憶喪失の二人が目覚める場面では、男が言葉を一つずつ思い出していくのですが、記憶がなくなってしまうとこんな風な思考になるのかもしれないと思うほどの描写力で、謎の多い二人に一気に物語に引き込まれます。

男は相手が年頃の女性ということもあって、記憶がないながらも気を遣います。

女性はかなりの警戒心を抱き、男に対して距離を取りますが記憶がないという不安と異常な状況では、致し方ない反応です。

手掛かりを探して、部屋を捜索すると拳銃と血の付いたタオル、そして札束を見つけ二人は益々混乱します。

もしかして犯罪を犯して逃げているのかもしれないという不安が、二人を警察や病院へ駆け込むことを躊躇わせます。

二人の腕には「レベル7」という刺青があり、謎は深まるばかりでした。

【消えた少女とレベル7】

真行寺悦子は、電話で話し相手になる疑似友人サービスで出会った貝原みさおの行方が分からないことを心配して、独自に調査を始めます。

みさおの母親は、警察に捜索願を出さず本人から電話があったから問題ないとして真剣に探そうとしません。

電話の内容に違和感を覚えた悦子は、みさおの日記に書かれていた「レベル7にいったら戻れない」という言葉に注目して、みさおの行方を捜します。

みさおは明るく、人目を惹くほどの美人であることから、悦子は電話の疑似友人サービスを利用していることを不思議に思っていました。

みさおの行方を捜していくうちに、悦子はみさおの抱えていた心の闇を知り、みさおの友人には自分はなれていなかったのかもしれないと悩みます。

悦子はみさおから「たすけて」という電話を受けてから、たった一人でもみさおを探すと強く決意します。

悦子の祖父の義夫と幼いながら利発な娘ゆかりと協力して、みさおがお金を貯めようとしていたこと、一度薬物の影響としか思えない様子があったことなどを突き止めます。

悦子はみさおの行動を追っていくうちに「榊クリニック」に辿り着きます。

1990年に出版された作品でありながら、作中の悦子の疑似友人サービスの仕事は2000年代の今でも需要のあるもので、抱えている心の闇は今も昔も変わりありません。

悦子は、話相手のいない独居老人や悩みを聞いてほしい少年少女、働いている社会人など様々な人の話し相手となり、電話だけの疑似友人となります。

みさおは特別で、みさおからの要望で直接会って話した、疑似から本物の友人となった女の子でした。

悦子は行方不明になるまでみさおの友人になっていたとばかり思っていましたが、みさおの捜索の途中で知り得た今まで知らずにいたもう一つの側面を知り、本当に友人になれていたのだろうかと悩み始めます。

悦子の上司はあくまで電話だけの偽物の友人なのだから、あまり深入りをしたり情を掛けたりしてはいけないと忠告します。

上司の冷ややかな態度に驚き、悦子はこのサービス自体が慈善事業ではないことにようやく気づくのでした。

疑似友人サービスとそれを利用する人たちの心の闇、そしてサービスを提供する側の上司の冷ややかな態度と上司のサービス利用者に対する分析は的を射ていて、それらは今でも通用する心理分析だと思います。

作中では自分の他人からの評価を知りたくて、探偵を雇おうとする人たちのことを心が病んでいる表現したり、働きすぎて鬱状態になった人のことを恥ずかしいことではないと言い切ったりしています。

何かの原因で自分を見失ったり心を病んでしまう人々に対して、本作の主題ではないものの、そこには心を病んでしまうことは悪いことでも異常な事でもないという、著者からの優しいメッセージが込められているように思います。

【怪しい協力者】

記憶喪失の二人は、隣の住人の三枝という男に押しかけられ、拳銃と大金そして血の付いたタオルを発見されてしまいます。

三枝はどう考えても怪しい男女二人組に対して、自分を雇ってどうしてこのような状況になっているのか突き止めないかと取引を持ち掛けます。

手掛かりがなく頼れる人も思い出せない二人は、三枝を部屋に置いてあった大金で雇うことにします。

三枝という怪しい存在が現れたことで、二人は密かに三枝を警戒しつつ協力して真相解明に挑むことにします。

お互い警戒していた男と女は、次第に信頼し合うようになります。

部屋にあった一枚の紙からヒントを得て、三人は「榊クリニック」が関係していることを突き止めます。

女は目が突然見えなくなるのですが、慣れた様子で動き回る様子から男は以前にも目が見えなくなったことがあったのではないかと推測します。

目覚めた直後は、女との関係を怪しんでいた男でしたが、彼女が目が見えないにもかかわらず、三枝の吸っていた煙草の銘柄を当てたことに嫉妬心を覚えます。

記憶がないながらも共に過ごしていくうちに、男は女との関係はどういったものだったのだろうと考えるようになります。

相変わらず男は断片的な記憶が思い起こされますが、何の記憶かはやはりわかりません。

右足を引き摺って歩く三枝は、怪しいながらも次々と手掛かりを見つける為二人は大人しく着いていきます。

「榊クリニック」に辿り着いたところで、凄惨な事件が関係していることが判明しついに二人の素性がわかります。

男は三枝のことを知ろうと部屋で書棚を見ますが、ノンフィクション作家の本が置いてありその中に沢木耕太郎さんの著作があるとしています。

本のタイトルまでは書かれていませんでしたが、もしかしたらそれは「深夜特急」だったのかもしれません。

沢木耕太郎著作「深夜特急」の紹介記事はこちら

【繋がり始める事件】

「榊クリニック」を調べることで、みさおを探す悦子と記憶喪失の二人が繋がり始めます。

そして、十八年前のホテル火災、潟戸友愛病院がアルコール中毒の患者を集めているという噂、山荘で起きた殺人事件の三つの出来事が繋がり、ついに凶悪な犯罪が明らかになります。

真相に近づけば近づくほど、男は三枝の言動に違和感を覚えます。

そして、全ての元凶に辿り着きますが、そこからラストまでは二転三転の展開で、最後まで気を抜けない面白さがあります。

男の記憶の断片や、三枝の怪しい言動など全てが一つに繋がるのが見事で、読み終わるとまた最初から読み直したくなります。

【最後に】

記憶喪失の男女と行方不明になったみさおの捜索の二つの軸で展開される本作では、二つの軸の物語が合流点を迎えてからラストまでが怒涛の展開となります。

物語が一つに収束していく様は見事で、読み応えがあります。

本作で登場した祖父の義夫と幼い娘のゆかりですが、他の宮部みゆきさんの作品でも頼りになる高齢の男性と賢い子供というのは登場しています。

懸命に働き年齢を重ねた高齢の方や、子供を育てながら働いている女性とその子供に対して著者からの敬意や愛情を感じます。

同じ作家の作品を読んでいると、その作家の癖や傾向がわかることがありますが、宮部みゆきさんの作品からは登場人物に対して敬意と愛情を感じる事が多く、他の著作を次々と読んでいく内に好きな作家となっていきました。

悦子とゆかり、義夫の三人のやり取りは温かさがあり、ゆかりの利発さと機転の利き具合には感心してしまいます。

名演技を見せたゆかりのシーンは、みさお捜索において重要な場面でしたが思わずくすっと笑ってしまいます。

玉木宏さんと杏さんの主演で映像化されていますが、設定と物語に多くの改変がある為、先にドラマを見ていたとしても新鮮な気持ちで原作小説も楽しめると思います。

最近の作品ももちろんですが、本作のような初期の作品も面白いのでぜひ手に取ってほしいと思います。


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