戦後未踏破の幻のシルクロードを求めて。ゲリラと共にジャングルを彷徨い、国境を越えインドを目指した前代未聞のジャングル行軍記/西南シルクロードは密林に消える 高野秀行

旅行の時の移動時に読む本として手に取りました。

旅行の時は旅をしている本を選んで読むことにしているのですが、本書は旅というよりは探検記といった内容で、高野さんが直面する数々の困難が想像を超えるものばかりで、無事に日本へ帰ってこられたことが奇跡のようなジャングル行軍記となっています。

※ビルマ=ミャンマーですが、本書では終始ミャンマーをビルマと記述している為、それに合わせて本ブログの紹介記事もビルマで統一しています。

【簡単な内容】

焼き鳥屋で高野は酔った勢いで、若いカメラマンに「四川省を出発してビルマ北部を通り最後にインドへたどり着く」最古の西南シルクロードがあると話します。

戦後未踏破で存在も不確かな幻の西南シルクロードに、若いカメラマンは食いつきあっという間に企画として成立してしまい、本当に西南シルクロード踏破の旅が始まってしまった。

まさかの事態に高野は後悔するも、とにかくやるしかないとできる限りの準備をしますが、カメラマンに話したほどの「準備万端」な状態ではありませんでした。

2002年2月、中国に降り立った高野は西南シルクロードを辿るために現地取材を始めます。

最初は順調でしたが、ゲリラのカチン独立軍の力を借りて国境を目指そうとする所から計画が狂っていき、気づけばゲリラ兵と共に過酷なジャングルウォークをする羽目に。

予定はどんどん狂っていき、中国の公安に拘束されたり、命懸けで国境を越えたり、敵対するゲリラ組織の間を渡り歩いたりと滅茶苦茶な旅に、西南シルクロードどころではなくなります。

とにかくゴールのインドを目指して高野はひたすら、ゲリラ兵と共にジャングルを彷徨います。

インドへは辿り着けるのか。そして、中国へ入国したままのパスポートでインドからどうやって日本へ帰るのか。

日韓ワールドカップで日本中がサッカーに夢中だった2002年に、ジャングルを彷徨い幻のシルクロードを求めて旅をした衝撃の実話です。

著者:高野秀行 写真:森清/講談社文庫

どんな本?

本書の文庫カバーの著者紹介に「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」を信条としているという記載の通り、ノンフィクションライターとして他にも「誰も書かない本」を多数出版しています。

本書の目的である西南シルクロードは、幻と言われ誰も踏破したことのないまさに「誰もやらないこと」で、その実現には数々の困難がありました。

高野さんは、英語と中国語と少しのビルマ語を駆使して西南シルクロード踏破という挑戦をします。

海外での豊富な経験から偶々ゲリラ組織との繋がりがあり、海外での経験と語学力が存分に活かされることで本書の旅が実現しました。

結果的に違法な国境越えをしてしまいますが、元々はそのような危険を冒す予定はありませんでした。

同行したカメラマンは、高野さんほど海外経験が豊富ではないことから心身ともに参ってしまい、会社員でもあるため許された出張期限が来てそのまま途中で引き返します。

カメラマンが弱いのではなく、成人男性が参ってしまうほどの過酷な旅であることは充分伝わる内容となっています。

高野さんも途中で心が折れかけますが、どうにか最後までやり遂げます。

第一章から第五章で構成されている本書は、第一章は西南シルクロードを求めて取材している様子が感じられますが、第二章からゲリラ兵と共にジャングルウォークが始まり、以降はゲリラ兵と共にジャングルを彷徨った体験記と変わっていきます。

これは、計画が狂っていきゲリラ兵と共にとにかく前へ進むということで精一杯という状況になってしまったことと、中々知ることのできないゲリラ兵たちの日常や、抱えている政治的問題などを知ることとなり、そちらへと興味が移っていったことが要因です。

本書では途中で高野さんから「読者の皆さんは忘れてしまったかもしれませんが、目的は西南シルクロードです」と読者への語りかけがあるほど、西南シルクロード踏破という目的より、高野さんが見聞きし、体験したゲリラ兵たちとジャングルを彷徨っている様子にすっかり夢中になって読んでしまいます。

多くの民族が入り交じり、言葉も文化も違いがある為、高野さんが体験した現地の人たちの様子は民俗学を研究している人にとって貴重な内容ではないでしょうか。

西南シルクロードについて、というより謎に包まれたゲリラ組織や多数の民族たちの様子を描いた、そこに住む生身の人間たちの記録です。

【夢見る少女がそのままゲリラ兵に】

カチン独立軍に紹介してもらうための唯一の窓口となったのが、シャン州軍の女性ゲリラ兵士カン・プンさんです。

高野さんの計画では、カチン軍に国境まで連れて行って貰い、そこで一度戻って空路でインドのカルカッタへ向かい、再び今度はインド側から国境を目指すというものでした。

西南シルクロードを「踏破」するという本来の趣旨からすでに外れていますが、本当に歩いて国境を越えてしまって政府機関やゲリラ組織に捕まってしまったら、どうなってしまうかわかりません。

現実的な妥協案として出来た計画でしたが、この計画通りに進むことはありませんでした。

反政府組織の多数のゲリラが群雄割拠している状況では、行きたい地域を支配してるゲリラ組織の協力が必要です。

その為のカチン軍への紹介と協力でしたが、窓口になっているカン・プンさんがどうにも頼りないのです。

ゲリラでしかも女性兵士というと、勇ましく逞しい女性を想像しますがカン・プンさんは真逆で高野さんは「夢見る少女」と表現します。

押しが弱く、とてもゲリラ兵とは見えない振る舞いと言動は、ゲリラ兵への固定概念が崩れていきます。

カン・プンさんが語るシャン州軍に入るいきさつは、波瀾万丈でとても「夢見る少女」ではないのですが、ぼんやりとしていて浮世離れているようなカン・プンさんからは悲壮感は感じられません

家出をして行くところがないからゲリラ兵になったというのは、日本では考えられないことです。

高野さんは何とかカチン軍とは合流出来ましたが、カン・プンさんの様子から不安が募ります。

そして不安は現実となり、カチン軍と合流してから予想もしていなかった困難の数々が降りかかってくるのでした。

【危機一髪 中国公安の取り調べ】

カチン軍と合流して、ビルマ北部のカチン州に入ります。

ここまでは順調でしたが、問題はカチン軍の総司令部に行くには途中で中国公安局のチェックがあることでした。

偽物の通行許可証を用意して、切り抜けようとしましたがあっさりと捕まってしまい、取り調べを受けることになります。

高野さんとカメラマンはカチン人という設定となっていますが、高野さんの所持品から中国語で書かれた「日本の友人へ」という手紙があり、言い逃れが苦しい状況となります。

絶望的な状況ですが、同行していたカチン軍がとんでもない言い訳をし始めます。

あまりに堂々と支離滅裂な言い訳をする為、公安局も高野さんも呆れるほどです。

公安局も負けじと言い返し、支離滅裂な茶番劇はエスカレートしていき高野さんも巻き込まれます。

カチン人という設定だったはずが今度はビルマ人という設定になり、高野さんはビルマ語で話し、それをカチン軍が通訳という形で取調官に伝えるという訳の分からない状況になります。

取調官がビルマ語がわからないことをいいことに、質問に対して高野さんが支離滅裂な回答をビルマ語で話し、カチン軍は自由気ままに通訳をします。

まったく会話が噛み合っていませんが、カチン軍は強引にこの茶番を続けます。

この滅茶苦茶なやり取りが面白いのですが、緊迫した状況の中での出来事ですから当事者たちは必死です。

最後には日本語も飛び出して何とか切り抜けることが出来ましたが、支離滅裂で訳の分からない主張を繰り返していたのに、どうして無事解放されたのかは謎で、運が良かったとしか思えません。

高野さんは危機的状況になると「とんでもないことになった」と繰り返しますが、この「とんでもないこと」は続々と高野さんに襲い掛かってきます。

【想定外のジャングルウォーク】

カチン軍の議長と書記長に会うことが出来て、今後の旅の予定について相談しますが想定外の解答が返ってきます。

インド国境まではジャングルの中を歩いて行かなければならず、片道一か月はかかるというのです。

更に悪いことに、カチン軍はインドとコネクションがない為国境まで近づいてもその後の保証はないと言われてしまいます。

まさかの事態に唖然とする高野さんとカメラマンですが、今更何も収穫なく引き返す訳にもいかず、ゲリラ兵と共にジャングルウォークをすることを決めます。

ジャングルの中を移動することは考えていませんでしたから、装備もなければジャングルウォークに耐えられる肉体づくりもしてません。

西南シルクロードを求めた旅が、過酷なジャングル行軍記へと変わった瞬間でした。

ジャングルへ出発するまでの間に、高野さんはカチン軍の創立から現在の状況、カチン軍が目指している理想についてツァム・ヤム大佐から話を聞きます。

高野さんはゲリラ兵たちと長い時間を過ごしますので、その間にゲリラ兵たちから直接聞いた現状について、高野さんの考察も交えながら詳しく解説をしてくれます。

カン・プンさんに感じたゲリラ兵への不安は、ジャングルウォークで現実となって高野さんを苦しめることになります。

ゲリラ兵なのだからジャングルの中をまるで庭のように熟知し、簡単に進めるのかと思いきや、実際は村人に頼って道案内をさせます。

停戦して使われなくなった道がそのままジャングルの生命力によって消えてしまい、カチン軍も村人も道が分かりません。

ゲリラ戦法という言葉は一体何だったのだ、と言いたいほどの体たらくですが、そもそも停戦のおかげで道路を使用することが出来るようになったので、不便なジャングルを歩く必要などないのです。

歩く理由はただ一つ、高野さんが外国人で管轄する政府軍のチェックを通過できないからです。

南京虫のような虫にたかられ全身を掻き毟って寝不足になり、小川を歩いて渡り、アップダウンの激しい道なき道をひたすら歩き続けます。

歩き疲れて牛車に乗ると、下り坂でコントロールの利かなくなった牛車が猛スピードで横転して大怪我しそうになります。

象に乗って移動すると、今度は乗り心地の悪さに「ゾウ酔い」と居眠りしてゾウから落ちれば死すらあり得るという、安心できない状況の連続に高野さんもカメラマンも疲弊していきます。

カメラマンは発狂寸前まで追い詰められますが、日程に限りがある為、高野さんとは第一旅団本部で別れることになります。

このまま続けていたら間違いなく、心身ともに壊れていたと思いますのでここで別れて正解だったと思います。

【カチン軍からナガ軍へ】

一人になった高野さんは、過酷なジャングルウォークを続け体はボロボロになっていきます。

最早インド国境まで歩き、再び戻るという気力はありませんでした。

インド国境で引き返すのではなく、どうにかして突破することを決めた高野さんにカチン軍はナガのゲリラを頼れと助言します。

ナガのゲリラを頼れと言いながら、カチン軍はナガのことは何も知らないに等しく、とりあえず何とかなるだろうと、相変わらずの適当さで話を進めていきます。

ナガのゲリラ軍と合流しますが、カチン軍とは内部事情が異なるようでした。

ナガのゲリラはKとIMの二つのグループに分かれており、対立しています。

カチン軍は麻薬を禁止していますが、ナガ軍はアヘンを生産しており、時にはお金の代わりにもなります。

このアヘンについて高野さんの独自の意見がありますが、高野さん自身が「アヘン王国潜入記」(集英社文庫)を出版していることもあって、アヘンに対する知識が豊富です。

ナガ軍の置かれた状況は厳しく、Kグループの保護下に入った高野さんはインド国境までに、IMグループとビルマ軍の襲撃の可能性、国境付近ではインド政府軍に見つからないように行動しなければならないと、これまでとは違う過酷さのジャングルウォークとなります。

【いつの間にか敵対勢力の中】

運よく停戦協定の話し合いがあって、代表団がナガランド州まで行くためそれに便乗してインドへ入国することになり、IMの襲撃に遭いそうになりながらナガランドへと辿り着きます。

ナガランドに着くと、テレビでは日韓ワールドカップが放送されていて大歓声が上がっていました。

インドへ入ったことにより長かったジャングルウォークは終わりました。

しかし、高野さんはカルカッタまで行かなければなりません。

そこで、同行者を着けてもらいカルカッタを目指しますがここで衝撃の事実が判明します。

IMには気をつけろ、彼らは残虐だと散々言われ実際に襲撃されそうになりながら、やっとの思いでインドに入ったのですが、いつの間にか高野さんはKグループの保護から外れてIMグループの保護下に入っていたことが、カルカッタ行きの列車に乗る前に判明します。

高野さん自身もはっきりと、どこでどのようにしてIMグループの保護に入ったのかはわからないということでしたが、拍子抜けするほどの敵対勢力への移動でした。

カルカッタへと着いたことで、高野さんの旅は終わりましたが大きな問題がありました。

ここからどうやって日本へ帰るのかということです。

記録上は中国に入国したままになっている高野さんが、インドのカルカッタにいることは大問題です。

帰国までの経緯は、本当に運が良かったとしか言いようがなく、国境越えは絶対にしてはいけない重大犯罪だとわかるエピソードとなりました。

【最後に】

本書の最後に旅の総括として、探し求め実際に歩いた西南シルクロードとは一体何だったのか、高野さんの見解が語られます。

ゲリラ兵との過酷なジャングルウォークが内容のほとんどを占める中、本書のタイトルが「西南シルクロードは密林に消える」としているのか、本書を最後まで読み、高野さんの見解を読めば、その意図は納得できると思います。

道なき道を歩き、そこに住む人たちと交流した高野さんだからこそ導き出せた、西南シルクロードについての一つの答えがこのタイトルに込められています。

多くの少数民族が集まり、それぞれの主義主張の為、数えきれないほどの反政府組織がゲリラ兵として活動しています。

高野さんは彼らの取り巻く状況について、黒澤明監督作品「用心棒」や「七人の侍」に例えてわかりやすく解説しています。

映画のような経験をしながらも、過剰に描くこともなく、一歩引いた冷静な態度で状況を分析し、それぞれのゲリラ軍の状況を把握します。

気負いすぎない文章は読みやすく、政治的・民族的問題が絡んでいる内容でありながら、特定の思想を押し付けることがないので、中国・ビルマ・インドの抱える問題について報道されない現実の一端を知ることが出来ます。

2002年当時のビルマ周辺のゲリラ兵について興味がある人、無茶苦茶な旅に興味がある人は楽しめる一冊だと思います。

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