十二の国に十二人の王が治める異世界へ連れ出された少女は、命を狙われながら逃げ惑う。見知らぬ世界で少女は自身が背負う過酷な運命を知る/月の影 影の海 十二国記 小野不由美

2002年にNHKでアニメが放送され、視聴していく内に話の内容が気になり、書店に走って原作小説を購入しました。

当時はホワイトハート版がアニメ放送に伴って平積みされており、読み終わるごとに続巻を買い求めあっという間に既刊本を読み終えてしまいました。

ファンタジー小説でここまで夢中になったのは十二国記が初めてでした。

【簡単なストーリー】

平凡な女子高に通う中嶋陽子は、最近奇妙な夢を見続けていた。

奇妙な夢のせいで寝不足になっていた陽子は、授業中に居眠りをしてしまい職員室に呼び出される。

そこで突然現れた不思議な格好をした金髪の麗人から、「ここは危ないから一緒に来い」と無理やり連れ出されそうになる。

抵抗する陽子の前で校舎の窓ガラスが割れ、見たこともない化け物が襲って来た。

恐慌状態になった陽子を連れて、襲い掛かってくる化け物から逃げながら金髪の麗人は陽子を「あちらへ」と逃がそうとするが、途中ではぐれてしまい、目覚めた陽子が目にしたのは日本とよく似た知らない世界だった。

似ているけど違う世界で、たった一人放り出された陽子は化け物に襲われ、訳の分からないまま逃げ惑う。

慣れない世界で人に騙され、化け物と人間からも追われ、心と体を深く傷つけながら追い詰められた陽子に、やがて生への執着が芽生え始める。

陽子は見知らぬ世界で自身の過酷な運命を知ることになる。

「訳の分からないまま死にたくない。絶対に生きて帰ってやる」

昨日までは普通の女子高生だった少女は、剣を握り血みどろにまみれながら、己の運命と向き合う。

著:小野不由美/新潮文庫

どんな本?

十二国記シリーズの本編第一巻となる本作は、普通の女子高生だった陽子が突然現れた金髪の麗人に無理やり十二国の世界へ連れ出されるところから物語が始まります。

この十二国は、その名の通り十二の国が治める世界で電気やガスなどのインフラ設備が発達していない、日本でいうところの平安~室町時代ぐらいの銃火器が普及する前の文明の世界です。

読者もまた陽子と同じく十二国の世界のことがわかりませんので、陽子と同じ立場で十二国の世界のことを学んでいきます。

元々は少女向けファンタジー小説ですが、設定が作りこまれており三国志や水滸伝、歴史小説が好きな人はその設定の奥深さと新しい発想に、夢中になると思います。

設定が細かく、また十二国の世界が古代中国をベースとした独特の世界の為、造語は漢字ばかりで歴史小説が苦手な人は読みにくいと感じてしまうかもしれません。

しかし、十二国記シリーズは続刊を読めば読むほど十二国の世界がわかるようなシリーズ構成となっていますので、本作を読んで把握しきれない、理解できなかった設定があっても大丈夫です。

第一巻の「月の影 影の海」は、何も知らない陽子を主人公とすることで十二国という世界の概要を説明しています。

第二巻の「風の海 迷宮の岸」では十二国の世界で重要な存在である麒麟を主人公とすることで、麒麟とは一体どんな存在で王をどのように選定するのかが描かれます。

第三巻の「東の海神 西の滄海」では、治世が短く国が安定していない時期の王と民衆、慈悲の獣である麒麟と王の政治への取り組み方への違い、そして妖魔についてが描かれます。

続く続刊では王が自ら麒麟に選ばれに行く話や、麒麟が病んで国が荒廃していく話など「月の影 影の海」で出てきた設定は、その後の続刊で詳しい物語が読めますので十二国の世界をより深く理解することが出来ます。

十二国記シリーズの入り口となる本作では、周りに合わせて流されるように生きてきた陽子が、突然異世界へ連れてこられて生き抜くため必死になり、一人の人間として成長していく物語です。

数多くの苦難に耐え、心が折れそうになりながら自ら答えを見出し、自分の意志で生きる道を選ぶ陽子の成長は、序盤では考えられないものでその姿がとても格好いいです。

【十二国の世界へ】

陽子は自分の意思を上手く出せず、周りの空気を読んで流される気弱な普通の女子高生でした。

クラスでは陰湿ないじめがあり、陽子は罪悪感を覚えながらもいじめを止めることはせず、周りに合わせる形でそのいじめに参加します。

クラスで孤立することや、嫌われることを恐れて誰に対しても合わせる陽子は、両親に対しても同じように自分を押し殺して聞き分けの良い子を演じていました。

高校への進学先も親の反対を押し切ることが出来ず、希望していない学校へ進学したことで、学校への愛着は生まれず、かすかな不満を抱いていました。

波風立てないように生きてきた陽子でしたが、陽子を悩ませる悪目立ちしてしまう特徴があります。

それは髪の色が日本人にしては赤く、脱色しているように見えてしまうことです。

その赤い色は年々強くなっていて、母親からも染めてはどうかと言われるほどでした。

最近見る奇妙な夢のせいで寝不足気味だった陽子は、授業中居眠りをしてしまい、それを咎められて職員室へ呼び出されてしまいます。

そこに現れた金髪の麗人は、陽子を見て「見つけた」と言い、強引に陽子を連れ出そうとします。

抵抗する陽子の目の前で、校舎の窓ガラスが割れ見たこともない化け物が襲い掛かってきます。

金髪の麗人は命が惜しくないのかと半ば強制的に何かの儀式を強要させ、陽子に「許す」と言わせます。

その瞬間、陽子の体は何かが変わったような感覚が走り、訳の分からないまま陽子は屋上へと連れていかれます。

金髪の麗人はケイキと名乗り、陽子に剣を渡して戦えと言い放ちます。

嫌がる陽子にケイキは苛立ちながら、陽子に戦闘技術を持った何かを憑依させ勝手に体が動いて戦えるようにします。

妖魔と呼ばれる化け物を、体が勝手に動いて斬り殺していく自分の姿に陽子は恐慌状態になります。

次々と襲ってくる妖魔に、ケイキは「あちらへ」逃げると話して陽子を無理やり連れていきます。

生々しい肉を切る感触や血の匂い、理解の追い付かない出来事の連続に陽子の精神は限界を迎えて、戦うのを拒否します。

陽子の錯乱が原因で、妖魔の攻撃を受けて陽子は独り宙に投げ出されてケイキとはぐれてしまいます。

目覚めた陽子が見たのは、見たこともない色をした海と知らない景色でした。

【命懸けの放浪の始まり】

いつまで経っても迎えに来ないケイキを待つことを止めて、歩き出すと農作業をしている人に出会います。

ケイキのことを聞こうとしますが、男は陽子の持つ剣に興味を持って奪おうとします。

男の様子に嫌なものを感じて、拒否しようとしますが人と対立することを避けてきた陽子は気圧されて大人しく剣を渡してしまいます。

男はなぜか剣を抜くことが出来ず、飾り物だと勘違いしたまま腰にぶら下げてしまいます。

陽子を海客と呼び、男たちは陽子を役所へ突き出すとして牢獄へと連れていきます。

生まれて初めて罪人のような扱いを受けて、陽子は衝撃と不安と恐怖で精神的に追い詰められます。

牢獄で陽子は自分の容姿が激変しているのを知り、得体のしれない恐怖と混乱の渦の中に突き落とされます。

元々赤味が強かった髪は、血のような深い紅色となり顔立ちも変わっていました。

虚海を渡ってきた海客は元の世界に帰ることは出来ないと言われ、陽子は声を上げて泣き出します。

陽子は牢獄から馬車へと移され、移送される途中で見張り役の男から海客は殺されることを聞かされ、逃げ出す決意をします。

逃げ出す機会を窺っているところで、林の中にケイキらしき人影を見つけ必死に助けを求めます。

ケイキだと思った人影は何も反応をせず、陽子はなぜ助けてくれないのかと混乱します。

すると突然妖魔が襲い掛かり、次々に同行していた男たちを嬲り殺しにします。

陽子を囮にして逃げ延びようとした男は妖魔に食い殺され、目の前で人が次々と死んでいく凄惨な状況に、陽子は心が摩耗し麻痺していくのを感じます。

陽子は恐怖に慄きながら、妖魔と戦い無我夢中でその場から逃げ出します。

その際に陽子は剣の鞘を置き忘れてしまいます。

再び一人になった陽子は、何もかもが違う異世界でどうしたら良いのかわからず、心細さに家に帰りたいと口にするのでした。

強い意志を持って行動を選択したことのない陽子にとって、ケイキと出会ってからは自分の意志で生きるための行動を迫られることの連続でした。

生きるために妖魔を殺し、知らない世界のことを学び、何をしなければならないのか決めていかなければなりません。

それは進学先を父親の反対で簡単に諦めて、不満を抱きながら流されるように女子高に通っていた陽子にとって、自分の意志で決断しその責任を負うことは最も苦手なことでした。

そしてその責任を負うということは、今の陽子の置かれた状況では死へと繋がりかねません。

陽子があまりにも普通の女子高生の為、訳の分からないまま異世界へ放り出されてすぐに順応することは出来ません。

ケイキが憑依させたおかげで戦闘技術はあるものの、体は普通の女子高生で運動部に入っていたわけでもない為、妖魔との戦いに疲弊していきます。

陽子の気質は主人公として向いているところがなく、その「向いてなさ」というのはケイキもわかっており、陽子に投げ掛けた言葉と態度でもはっきりと出ています。

「向いていない」というのが本作では重要であり、続刊で明かされますがケイキが不完全な人を選ぶ傾向にあることがわかってきます。

気弱で内気で行動力のなかった陽子は、肉体的・精神的に追い詰められながら逃げ惑います。

突然異世界へ放り出されればどうなってしまうのかが、現実的に描かれていて陽子の追い詰められ方が痛々しいです。

【惑わす蒼い猿と剣の幻】

無我夢中で逃げ出し、気づけば林の中にいました。

男には抜けなかった剣や、戦った妖魔から受けた傷が深手になっていないこと、激変した自分の容姿など不可解なことが多く、陽子は気味の悪さを感じながらも、これからどうしたら良いか分からないことの方が不安で、弱音を吐きます。

そこに蒼い猿が現れ、陽子の心の内の不安を言葉にして陽子を惑わせます。

蒼い猿は陽子に死ねば痛みと恐怖は一瞬だと自殺を唆し、生きている限り今の苦しい状況は変わらないと嘲笑います。

家に帰りたいと願う陽子に、持っていた剣の刀身に母親の様子が映し出されます。

そこには帰らない陽子を待つ母親の姿がありました。

一瞬だけ写った幻はすぐに消え、陽子の家へ帰りたい思いは強くなってしまうのでした。

妖魔は再び襲ってきて、陽子は夜が明けるまで戦い続け疲労困憊になります。

明るいうちは死んだように眠っては再び夜は襲ってくる妖魔と戦うという、過酷な日々が続き陽子の飢えと疲労は限界に近づいていました。

そして、陽子は生きるために盗みを働くことを決意します。

突然現れた蒼い猿は、陽子に不安を煽り、猜疑心を植え付けようとしてきます。

そんな鬱陶しい存在でも、一人きりの陽子にとっては大切な話相手で剣で切って捨てることが出来ません。

それほどまでに陽子が追い詰められていることが分かります。

夜は妖魔と戦い、昼は物陰で休むという生活は陽子にとってどれだけ過酷かは、耐え切れなくなって盗みを決意するところに顕れています。

NHKのアニメ版の蒼い猿は、声がついたことでより嫌味たらしく、挑発するような物言いに感じられて、陽子をより一層惑わし追い詰めています。

【誰も信じられない】

意を決して盗みに住居へ侵入しましたが、住人が帰ってきてしまいあっさり見つかってしまいます。

飢えと疲労、そして盗みにまで入ってしまった陽子は、蒼い猿の言う通りに楽になりたいと思い始め、捕まって殺されてもいいとさえ考えていました。

しかし、意外なことに住民の女は陽子に驚きながらも優しい言葉を投げ掛け、陽子に同情し服と温かい食べ物を与えてくれます。

この世界に来て初めて人の優しさに触れて、陽子は堪えていたものが堰を切ってあふれ出し、声を上げて泣き出します。

女は達姐(たっき)と名乗り、陽子に十二国の世界のことを教えます。

達姐の話から、妖魔に襲われることが普通ではないことが分かり、益々状況が分からなくなります。

達姐は南の街にいる母親の宿屋で働けるように紹介すると言って、陽子を街へ連れていくことにします。

出発前夜、再び剣は陽子の世界の幻を見せて陽子の元の世界へ帰りたい感情を刺激します。

現れた蒼い猿は達姐は騙そうとしているぞ、と陽子に警告し安心しきっている陽子を嘲笑います。

街までの道中で、陽子は十二国の世界のことを達姐から教わりながら実際に目で見ることで、十二国の世界のことがわかってきます。

達姐との旅は危険なこともなく、きちんとした食事と宿で休むことが出来て陽子はすっかり安心していました。

何よりわからないことを教えてくれる同行者というのは心強く、陽子は蒼い猿の警告など信じるつもりは一切ありませんでした。

しかし、実際に達姐の母親の宿屋に着くと様子が怪しくなってきます。

違和感を覚えた陽子が宿屋の奥に入ると、達姐と母親の会話を聞いてしまい達姐の本当の狙いを知ってしまいます。

裏切られたと知った衝撃は、陽子の心を荒ませ、あれだけ嫌がっていた人間へ剣を向けることに躊躇いがなくなります。

逃げ出した陽子は、再び一人で彷徨うことになるのでした。

世の中には善人の振りをした悪党がいることを、実感として知らない陽子にとって達姐の裏切りは衝撃で、その場を切り抜ける為なら人に剣を向けることに躊躇いがなくなります。

達姐の裏切りから、陽子の心は荒んでいき、自分の利益の為なら他者をないがしろにすることが、行動の選択肢として出てくるようになります。

蒼い猿はまんまと騙された陽子を小馬鹿にして、ケイキが助けに来ないのは陽子を罠に嵌めたからだと吹き込みます。

陽子は一人で蒼い猿の相手をしながら、ケイキへの疑惑を払拭することが出来ません。

激しい戦闘と山の中を駆け回ったおかげで、陽子の体は鍛え上げられ男物の服を着て男性の振りをしても違和感がなくなるほどでした。

旅の途中で陽子は同じように日本から十二国の世界へ飛ばされた男と出会いますが、そこで陽子が普通の存在でないことがわかります。

そして陽子は同じ境遇の筈の男にも騙され、人間不信を強くしていきます。

剣が見せる幻で陽子はクラスメイトの本音を知ってしまいます。

蒼い猿は、帰りたいと願う世界に居場所などないと言い放ち、孤独で押しつぶされそうな陽子を追い詰めます。

裏切りられることに怯えている陽子を見抜き、その不安を煽って蒼い猿は姿を消します。

【金髪の女 楽俊との出会い】

陽子は妖魔が襲ってきたは戦い、寝場所を求めて彷徨い、再び妖魔が来れば戦うという日々を淡々と過ごすようになります。

疲労と飢えは限界でしたが、陽子にはもはや何をしたらいいのかわからず、また考えることの興味さえ失っていました。

ただ生きるために戦い、休むという終わりの見えない日々は陽子を絶望させ、ついに立ち上がることすら困難になります。

再び妖魔が襲ってきますが、今までの妖魔とは生命力が違う個体がいて苦戦します。

満身創痍ながら倒した陽子ですが、立ち上がることが出来なくなっていました。

そこに、ケイキとよく似た雰囲気の金髪の女が現れます。

金髪の女は肩に大きなオウムを乗せていて、死んだ妖魔を見て涙を流していました。

陽子が問いかけても何も答えませんが、突然オウムが陽子を殺せと金髪の女に命令をします。

拒否する金髪の女にオウムは戦えないようにしろと命令し、金髪の女は顔面蒼白になりながら剣を振り上げて実行します。

意識を失った陽子は、次に目覚めると金髪の女とオウムは姿を消していました。

金髪の女によって受けた右手の傷は重傷で、陽子はその場から動けません。

そこへ通りがかった母娘が助けようとしてくれますが、陽子はその親切をそのまま受け入れることが出来ず、森へと入っていきます。

達姐と出会った頃のような、無邪気に人を信じることが陽子にはもう出来ませんでした。

満身創痍の陽子に剣の幻が追い打ちを掛けます。

幻は失踪した陽子について話す担任の教師やクラスメイトの陽子への評価と、母親の様子を映し出していて、陽子が必死に居場所を作っていたと思っていた元の世界に居場所などなかったことを突きつけられます。

野垂れ死にそうな状況の中で元の世界へ帰るという唯一の希望さえ打ち砕かれ、陽子は生きる意欲を失い、倒れたまま死ぬのを待とうとします。

そこへ、子供の背丈ほどの二足歩行の鼠が現れ、陽子に声を掛けます。

鼠は動けない陽子を助けて家で休ませます。

鼠は楽俊と言い、危害を加えるつもりはないと陽子に説明します。

人間に裏切られ続けて人間不信になっている陽子ですが、見た目が鼠の楽俊には人間より警戒心が湧きにくく、素直にその親切を受け入れます。

しかし、十二国の世界へ来たばかりの陽子とは違って、楽俊を利用することを考え、信用しすぎないように自身を戒めます。

楽俊との出会いは、陽子の運命を大きく変えるもので、ここで楽俊と出会っていなければ陽子はどこかで野垂れ死んでいたのかもしれません。

また、楽俊は十二国記シリーズにおける重要な人物で、楽俊もまた陽子によって運命が大きく変わります。

鼠の姿が可愛らしいこともあって、荒んでいた陽子も楽俊には警戒心が和らぎます。

これまでの経験から、陽子はすっかり人を信じることが出来なくなっており、無償の親切などあり得ないし、都合よく物事が運ぶこともないと徹底的な現実主義者となっていました。

楽俊は陽子の頑なな態度と言動から、自分が信用されていないことはわかっていましたが、それを咎めようとはしません。

NHK版のアニメでは、動いて話す楽俊の姿が可愛らしいので楽俊が好きな人はぜひ見て欲しいと思います。

【楽俊との旅 生き方の選択】

体が回復するまで楽俊の家で休むことにした陽子は、博識の楽俊から十二国の世界のことを詳しく教えてもらいます。

楽俊は陽子のこれまでの経緯を聞き、それらは全てあり得ないことで、陽子が何か大事に巻き込まれているのではないかと話します。

陽子が今どこにいて、これからどうすればいいのか楽俊から助言を貰い、海客に厳しくない隣国の雁国(えんこく)を目指し、延王に助力を願うことにします。

楽俊も雁国への旅に同行しますが、陽子はいつ裏切るかわからないと考え警戒します。

陽子はいざとなったら剣で実力行使に出ればいいという思考をする自分が、情けない人間に思えてきます。

楽俊は自身を半獣という存在だと説明し、陽子が海客で差別に遭っているように楽俊もまた半獣であることで差別を受けて、まともに働かせてくれないのだと話します。

楽俊は、雁国に行くことでその頭脳を活かし職に就きたいと陽子に話すと、陽子は楽俊の親切の裏には目的があったと捉え、冷ややかな態度を取ります。

陽子の態度に楽俊は残念そうにしますが、何も言いません。

人は裏切るものだし、生きるために裏切ったり己の利益の為に利用するのは当然と考え、陽子自身もその生き方に倣うようになっていました。

楽俊から十二国の世界の人々は、試験の合格のために神様に願ったり、豊作になるよう祈ったりする習慣がないことを聞かされます。

陽子はそれを合理的で現実主義な考え方だと捉え、陽子を騙し利用しようとしてきた人々の行動を思い出して、一人納得します。

陽子の考えは利己的になっていき、楽俊は陽子の態度から人間不信を感じ取るたびに落ち込みます。

楽俊から様々なことを教えてもらいながらの旅は順調でしたが、街に入る直前で妖魔に襲われます。

気力と体力が十分の状態では、妖魔との戦いなど大したことではなく、昂揚感すら覚えるほどでした。

妖魔を殺して周りを見渡すと楽俊が倒れており、街からは衛士が駆け寄って来ていました。

陽子には迷いが生まれます。

駆け寄って楽俊を助けたいという気持ちと、楽俊が衛士に陽子のことを話さないように止めを刺すべきだという考えに挟まれ、陽子は何もできずその場を逃げ出します。

楽俊の安否が気になって仕方ない陽子は、その「気になる」が自分の保身の為なのか、親切にしてくれた楽俊を心配するが故のことなのか、自分でもわからなくなります。

人が善意だけで動くはずがなく、裏切りは当たり前という考えに支配されていた陽子でしたが、助けられたかもしれない楽俊を見捨てて逃げたこと、そして逃げる前に殺そうとまで考えた自分を、人としてあってはならない行動ではなかったかと苦悩します。

そこへ、蒼い猿が現れて思い悩む陽子を嘲笑い、楽俊に止めを刺さなかったことを指摘して挑発します。

蒼い猿とのやり取りで、陽子はようやく人を信じず冷たい態度を取り、裏切られる前に裏切ればいいと考え行動する度に、心の奥底で感じていた違和感が、卑怯で情けない生き物に変わっていく自分を嫌悪していたことだったと気づきます。

陽子の堪えていた思いは一気に溢れ出し、自分のすべき行い見出して、卑怯者にならない生き方を選ぶと蒼い猿に宣言し、蒼い猿の首を刎ねます。

蒼い猿の首があるはずの場所には、意外なものが落ちていました。

陽子は、卑怯者にならず強く生きたいと誓い、これまでの考えを改めて楽俊の安否を確かめるために行動します。

そこには、今まで考えていたような打算はありませんでした。

訳の分からないまま異世界を逃げ回り、一人きりで生きてきた陽子が人間不信になって手段を選ばなくなっていく過程を知っているからこそ、陽子が辿り着いた生き方の選択は尊いものであり、陽子の本来持っていた性質が開花した瞬間だったのではないかと思います。

人の顔色を窺い怯えていた少女は消え去り、一人の人間として陽子は大きく成長しました。

楽俊が説明した半獣については一番重要なことを説明しておらず、後になって楽俊は陽子の行動に困って、「慎みを持て こちらのことをよく勉強しろ」と言う羽目になります。

【一人では抱えきれない運命】

楽俊の安否を確認する為、街の人に話を聞きますが楽俊を見つけることが出来ませんでした。

探している最中で、以前助けてくれようとした母娘と再会し、陽子は素直にお礼を言うことが出来ます。

母娘も楽俊を探してくれますが、やはり見つからず楽俊を探すことを諦めて一人で旅を続けることにします。

一人きりになった陽子は、今まで自分は何に怯えて生きていたのだろうと自問します。

そして、今なら新しい生き方が出来ると考え、家に帰ることを固く決意します。

雁国の港に着くと、そこには陽子を待っていた楽俊がいました。

陽子は素直に楽俊についてどう思っていたのかを話し、楽俊もまたそれに応えます。

楽俊の言葉は、陽子に自身の至らなさを痛感させ、楽俊はそんな陽子に優しい言葉をかけます。

雁国の関弓に行く途中で、海客で先生をしている男から話を聞き、陽子はやはり普通ではないという結論に至ります。

事態を重く見た楽俊は、何としてでも延王に会う必要があると言い、どうすれば王に会えるのか考えます。

そこで、陽子は楽俊が口にした何気ない言葉からケイキが別の名前で呼ばれていたことを思い出します。

陽子がなぜ特別で、ケイキが何者なのかが判明し、陽子は自分に課せられた大きすぎる運命に驚き、戸惑います。

楽俊は陽子にこれまでとは違う態度を取ろうとしますが、陽子はそれを悲しんではっきりと言葉で自分の気持ちを伝えます。

楽俊が陽子から距離を取ろうとして、陽子がそれを言い返す場面は十二国記シリーズの中でも名シーンの一つで、NHKのアニメ版の同じ場面もお勧めです。

上辺だけの友人関係しか築けず、自分の意志を伝えることが出来なかった陽子が楽俊に気持ちを伝えていて、陽子の成長がよくわかる場面でもあります。

延王と会うことが出来て、陽子は何が起きていたのかを知ります。

陽子は重い選択を迫られ、自分の選択が大勢の命に係わることが恐ろしく、中々決断できません。

もし、楽俊に止めを刺して蒼い猿を斬れない陽子のまま、延王に会って自分の運命を突きつけられていたら、陽子は元の世界に帰ることだけを考えて延王の要請を拒否していたのではないかと思います。

そしてその決断には後悔が付きまとったことでしょう。

楽俊の説得と、これまで経験した飢えやひもじさ、妖魔に襲われる恐ろしさを身に染みて知っている陽子は、考え抜いた末に決断をします。

【最後に】

気弱で内気な女子高生の陽子が、数々の困難に見舞われ、心身共に傷つけられ人間不信に陥っていく様は、心理描写が丁寧で読んでいて辛くなるほどです。

流されるように生きてきた陽子が、打ちのめされながら泥臭く成長していく姿は説得力があり、完璧ではない陽子のことが次第に好きになっていきます。

迷い、苦しみながら辿り着いた卑怯者にならないという生き方には共感が出来て、卑怯者になっていないだろうかと自分自身を振り返り、考えさせる名場面だと思います。

陽子の苦難にはある国の王が関わっており、そしてその王の行動は人間の愚かな心理が暴走した結果の悲劇でした。

本作では人間の愚かさというものが描かれていて、陽子自身も人として行うべき道を見失いそうになっていました。

本書を読み終えた後もう一度冒頭シーンのケイキの言動を読み返すと、もう少し何とかならなかったのかと言いたくなるのですが、これでも人に優しく出来ている方だという衝撃の事実が、第二巻の「風の海 迷宮の岸」で判明します。(「風の海 迷宮の岸」の紹介記事はこちら)

陽子の物語は続いていき、その後の物語は第四巻「風の万里 黎明の空」で描かれます。

一人の少女が人間として成長していく壮大な物語で、ファンタジー小説ですが世界観の設定が緻密で大人こそ嵌ってしまう作品だと思います。

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