鮮やかな黄色の装丁に目を惹かれ、手に取りました。
背表紙の「ミレニアム」というタイトルを見てもピンとこなかったのですが、「ドラゴン・タトゥーの女」という副題でハリウッドで映画化された作品の原作だと気付きました。
著者のスティーグ・ラーソンが三部作として書いた、世界的ベストセラーの第一巻です。
【簡単なストーリー】
雑誌「ミレニアム」のジャーナリストであるミカエル・ブルムクヴィストは、大物実業家の悪事を暴こうとして罠に嵌められ、名誉棄損の判決を言い渡されてしまった。
「ミレニアム」へのダメージは避けられず、ミカエルもまたジャーナリストとしての信頼が失われつつあった。
窮地に陥ったミカエルに、大企業の前会長から四十年前の少女失踪事件を調べて欲しいと依頼がやってくる。
十分な報酬に加えて、告発できなかった大物実業家の悪事の証拠を提供するという話に不審に思いながらも、協力をすることにしたミカエルは事件現場の孤島へ滞在して調査を始めた。
同じ頃、リスベット・サランデルは依頼のあったミカエルへの身辺調査の過程で、ミカエルがなぜ罠に嵌められてしまったのか興味を持っていた。
四十年前の少女失踪事件は二人を出会わせ、やがて恐るべき秘密が明らかになる。
「秘密は誰にでもある。問題はどんな秘密を見つけ出すか。」
ハッキングの天才であるリスベットとの出会いが、全ての始まりだった。
著:スティーグ・ラーソン
訳 ヘレンハルメ美穂 岩澤雅利/ハヤカワ文庫
どんな本?
スティーグ・ラーソンによる処女作でもあり、そのまま遺作となってしまったミレニアム三部作の第一巻です。
スウェーデン国内でベストセラーとなり、三部作全て映画化されました。
その後、ハリウッドでリメイクされ日本でも盛んに映画予告がテレビで流されました。
「ミレニアム」では伝わらなくても「ドラゴンタトゥーの女」と言えば、聞き覚えがある人は多いのではないでしょうか。
三部作の第一巻の為、第二部と第三部に繋がる布石と伏線が散りばめられており、第一部「ドラゴンタトゥーの女」のみ読んだだけでは、物語の主軸の少女失踪事件以外の要素の多さに焦れったいという感想を抱くかもしれません。
上下巻で構成されていて、リスベットとミカエルが物語で合流するのは下巻になってからと遅く、少女失踪事件が本格的な展開を見せるのは下巻からとなります。
第一部の「ドラゴンタトゥーの女」は、リスベットの個人的な問題とミカエルのジャーナリストしての考え方や人物像についてしっかりと描写されています。
特にリスベット独特の価値観や抱えている問題、少しだけ明かされる生い立ちについては第二部と第三部に繋がる重要な部分の為、多くのページが割かれています。
ミステリー小説として、少女失踪事件だけ書くのであれば上下巻に分ける必要はなかったでしょう。
第一部はそれだけで完結はしているものの、三部作で一つの完成を見る作品であることを念頭に置いて読むと、第一部への評価が変わります。
【四十年前のハリエット失踪事件】
ミカエルは大企業であるヴァンゲルグループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルより、兄のリカルド・ヴァンゲルの孫娘に当たるハリエット・ヴァンゲルが、四十年前に失踪した事件について調べるように依頼を受けます。
事件現場となったヘーデビー島はヴァンゲル一族とその関係者が多く住んでおり、ハリエットが失踪した時は一族が集まる日で、いつも以上に島にはヴァンゲル一族とその関係者が多く集まっていました。
当時、島と本土を結ぶ橋が事故で封鎖されており、ハリエット失踪事件の容疑者は島にいた者に限られましたが、警察と協力して隈なく捜索をしたものの何も手掛かりを見つけることが出来ませんでした。
ハリエットの遺体すら見つからず、事故か事件かわからないまま四十年の月日が経っていました。
ヘンリックはハリエットに何があったのか死ぬ前に知りたいとミカエルに依頼し、表向きはヴァンゲル家の歴史を纏めて本にするということにして、秘密裏にハリエット失踪事件をミカエルに調べさせます。
四十年も前の事件を調べること自体が困難であり、更にヘンリックが事件発生から今日に至るまで独自に調査をし続けて成果が無かったことから、ミカエルは今更調べたところで真相がわかるはずがないと膨大な資料の前に途方にくれます。
【多すぎる容疑者】
ハリエットが失踪した当時は、島にヴァンゲル一族が集結していた為容疑者が大勢いました。
ヘンリックの調査内容と当時の写真資料や新聞記事、ヘンリックとの会談で容疑者を絞り込んでも、少なくとも四十人は容疑者リストに名前が残りました。
ヴァンゲル一族の血縁関係の把握と、ハリエットの失踪理由になりそうな人間関係について調べるにはあまりにも多く、ミカエルの調査は中々進展しません。
ミカエルはハリエットの失踪前の様子に変化があったことと、ハリエットの残した暗号めいた文字と番号を取っ掛かりとして、ヘンリックとは違う視点で調査を進めることにします。
【通りの向こうにいた何か】
ミカエルが根気強く調査をすることでついに突破口が開けます。
膨大な写真の中からハリエットが写った一枚に、失踪前にハリエットが何かを見て恐怖に顔を引きつらせていたのを見つけます。
そして、ハリエットの残した暗号の意味が分かり調査は一気に進展しますが、それは思いがけない内容でした。
ハリエットの失踪には、ハリエットが知ってしまった恐るべき秘密が関わっているようでした。
ミカエルはハリエットが通りの向こうに見た何かが事件の鍵を握っていると考えます。
ハリエットの残した暗号が示す内容から、ミカエルは優秀な調査員が必要だと考えリスベットを雇い共同で調査に当たります。
【無能力者の烙印】
ミカエルに出会う前から、リスベットはヘンリックの弁護士からの依頼でミカエルの身辺調査をしていました。
その為、リスベットはミカエルのことを極めて個人的なことまで知っていました。
リスベットはハッキングの天才で、ありとあらゆる情報にアクセスし自由に情報を得ることが出来ました。
調査員としては優秀ではあるものの、リスベット独自の価値観で行動するため調査内容は容赦ないものになり、直属の上司は頭を抱えることもありました。
リスベットは全身にタトゥーを入れて顔にピアスをつけ、周囲を威嚇するような攻撃的な服を着ています。
女性らしさは感じられず、体の線が細く痩せていることもあって少年のように見えることがある程です。
ある理由から他人を信用しておらず、特に警察や政府を一切信用しないどころか敵視しています。
リスベットは社会的には無能力者とされ、その奇抜な見た目からまともではないと判断されてきました。
ハッキングの能力と驚異的な記憶力については周囲に隠していた為、リスベットはいつも無能力者として扱われ、軽蔑の対象となっていました。
【絶対に許さない】
リスベットはいつも一人きりで生きてきました。
警察や政府は敵であり、問題の解決は自身で行わなければならない為他人を頼るといった発想がありません。
遵法精神はなく、リスベット独自の価値観と哲学によって行動します。
ビュルマン弁護士の卑劣な行いについては、強烈な仕返しを行います。
相手がどんな人間でも、例え打ち負かされてもリスベットはあらゆる手段を用いて最後には報復をやり遂げます。
行ったことに対するそれ相応の報いは受けるべきだと考えており、卑劣な行いをする者には容赦しません。
また、泣き寝入りをしたり逃げるという選択をした者については、卑劣な行いをした者と同じくらいリスベットは軽蔑と怒りを覚えます。
リスベットにっとて問題を解決するために戦わないということは、どんな言い訳も許されない愚かなことなのです。
【倫理とジャーナリズムの狭間】
リスベットの言動には驚かされるばかりで、ミカエルはリスベットとどう接していいかがわかりません。
リスベットもまた事件の調査でミカエルと過ごす時間が長くなるにつれて、今まで感じたことのない感情を持て余すようになります。
二人は四十年前にハリエットの身に起きたことを突き止めますが、暴いた秘密はミカエルにジャーナリストにとっての究極の選択を迫ります。
ジャーナリストとして許されない行為に加担することとなり、ミカエルは打ち明けられない秘密を抱えることになりました。
【最後に】
リスベットは法律を無視し、目的の為なら手段を厭わない冷酷さを持っていますが罪のない人を巻き込むことはありません。
ビュルマン弁護士への報復手段の中で、関係のない人が巻き込まれるようなものは排除しています。
過激な見た目と感情を見せず押し黙っていることが多いことから、周囲は悪い意味でリスベットを放っておきません。
リスベットは必ず想像以上の報復をしますので、周囲は彼女を恐れて腫物扱いをします。
リスベットはそんな周囲の反応に慣れていましたが、ミカエルを含んだ様々な人たちから良い意味で構われるようになります。
人との交流が苦手なリスベットは、ミカエルたちと関わり合うことで少しずつ人間らしくなっていきます。
少女失踪事件が物語の主軸となりますが、雑誌「ミレニアム」の存続危機と罠に嵌められたハンス=エリック・ヴェンネルストレムへの反撃が詰め込まれた盛り沢山な内容となっています。
飽きることのない展開で最後まで楽しませてくれます。
特にリスベットは今までにない主人公で、彼女の一貫した主義と行動原理は弱い立場に置かれることの多い女性たちの新しいヒーローです。
スウェーデン版の映画「ドラゴンタトゥーの女」は原作をほぼそのまま映像化しておりますので、登場人物が多くて読み進めるのが難しい人は映画版を見てから原作を読むと良いと思います。
ノオミ・ラパスが演じたリスベットは完成度が高く、お勧めです。