外国大使は一体どんな仕事をしているのだろう、と疑問に思っていたところその疑問に答えをくれそうな本が目の前にあったため手に取りました。
著者の北村汎さんが駐英大使として、1991年からの約三年間駐在した外国大使のお仕事記録です。
外交官が活躍する小説「アマルフィ」(著 真保裕一)の紹介記事はこちら
【簡単な内容】
1991年から駐英大使として赴任した北村は、駐英大使として様々な経験をします。
エリザベス女王陛下との謁見、夜会や園遊会、燕尾服の仕立て、イギリス議会など貴重な体験をし、大国イギリスについて理解を深め日本との橋渡しを行います。
湾岸戦争が勃発した当時のイギリスの文化や雰囲気、日本との関係について詳しく記述された貴重な記録です。
外国大使は一体何をしているのか。
本書を読むことで人による外交の重要さと、観光ではわからないイギリス人の意外な一面について知ることのできる内容です。
著:北村汎/中公文庫
どんな本?
著者の北村汎さんによる、1991年からの約三年間で経験したイギリスについて書かれた本です。
外交官という存在が、一般人には遠すぎてお仕事内容が中々想像できません。
ニュースで度々登場する外国大使が一体何をしているのか、本にしても問題ない範囲で語られています。
イギリスの文化や気質について気づいたこと、経験したことを踏まえ著者の北村さんによる独自の見解も加えられています。
湾岸戦争が勃発したばかりだったため、イギリス国内の雰囲気は通常とは異なっていたようです。
日本もまた外交上、難しい立場に置かれており駐英大使の北村さんの責任は重大でした。
1990年代前半のイギリスの文化や雰囲気、外国大使のお仕事について興味がある人にお勧めの本です。
【事前調査は当たり前】
北村さんは駐英大使として赴任した際の儀式について、丁寧に紹介しています。
やりとりした会話の内容や、緊張している同僚の様子などその場に居合わさなければわからないことばかりで、興味深い内容となっています。
その中で、北村さんは儀典長からエリザベス女王陛下への話題の振り方について助言を貰います。
その内容というのが、日本人の職員の中にエリザベス女王と共通の話題を持っている人がいるので、その話をしてくださいというものでした。
北村さんがその助言通りに話題を振ると、エリザベス女王はお喜びになり和やかな雰囲気のまま歓談を終えることが出来ました。
儀典長が、なぜ北村さんも知らなかったある職員のことを細かく把握しているのかというと、イギリス人は人と会う時には必ず事前調査をして一枚の書類にまとめ、予備知識として頭に入れておく習慣があるからです。
これは、企業で言えば重要な顧客に会う前に事前に調べて把握するような行為ですが、それがイギリス人だとより細かく徹底しているようです。
北村さんはそれをイギリス人の気質だと考え、イギリス人は調査した情報を国益へと結びつけることが得意だと指摘しています。
北村さんはイギリスが日本と同じ島国でありながら、国際社会に強い発言力を持ち続けられる理由の一つではないかと本書で意見を述べています。
【夜会の服装外交】
北村さんは1990年以前にもイギリスを訪れたことがある為、イギリス人の生活に変化が生まれていることに気づきます。
特に服装には変化が現れており、イギリス人は帽子を被らなくなりました。
それに合わせて「傘巻き屋」も姿を消し、帽子を被って細く巻いた傘を杖のように持っていた英国紳士は姿を消してしまったのでした。
伝統と格式を重んじるイギリス人も、普段の服装については良くも悪くも近代化したようです。
日本人がいつの間にか和服を着なくなったように、イギリス人もまた帽子を被るのを辞めました。
しかし、公式の行事などでは伝統の服装となる為燕尾服やシルクハット、手袋などが必要となります。
北村さんは伝統のある紳士服店や帽子屋で仕立てますが、帽子屋さんには世界中の有名人の「頭」が記録されていました。
外国大使というのはその国の代表であり、文化を伝える役目を担っています。
夜会や園遊会に出席し、英国王室との交流のほかに他の外国大使との情報交換も重要です。
北村さんは和服を着ることで興味を惹くことに成功し、日本外交団のところに英国王室の方たちが長くとどまり会話が弾む結果を生みました。
女性の着物は見かける機会があっても、男性の和服は珍しかったようです。
良い印象を持ってもらい、会話が長く続くことはそれだけで外交上のプラスになります。
限られた夜会の時間の中で、少しでも日本外交団の印象を良くすること出来るのであれば、服装から既に外交は始まっているとも言えます。
外国の公式行事に参加する場合、女性が着物を着ていることが多いのは日本らしさを演出していることと同時に、会話のきっかけとして着物は一つの武器になっているからかもしれません。
【イギリス料理は本当にまずいのか】
本書では料理について北村さんの意見が書かれています。
外交において重要なのが食事です。
美味しい食事は満足感を与え、気分を良くします。
そこに良いお酒があれば、言うことなしです。
イギリスではワインを用意することが重要で、大使館では歴代の駐英大使たちによるワインの貯蔵が代々受け継がれています。
値段が高騰する前にワインを仕入れ、寝かせることでいざという時にとっておきのワインを出して、賓客をもてなします。
胃袋を満足させ、ワインで身も心もほぐれたところで良い関係を構築し、後々の交渉で協力してもらえるように下準備をします。
食事外交はとても重要で外国大使の仕事の一つです。
それでは、一般的にまずいというイメージがついているイギリス料理は外交上不利になるのでしょうか。
北村さんによれば、日本とイギリスは島国という共通点から料理についても共通の部分があるとしています。
イギリス料理は決してまずいという訳ではなく、基本方針として素材の味を活かそうとしている為、調理方法もフランス料理程複雑ではありません。
そのせいか、素材が良くないと味がパッとしなくなり物足りなくなります。
北村さんは駐英大使として滞在中に美味しい料理を経験している為、イギリス料理は決してまずくないとしています。
ただし、味見もしないで塩やコショウを振りかけて、遠まわしではありますが適当に食べているイギリス人が多いことも認めてはいる為、イギリス料理は素材にこだわっているお店を選んだほうが良いのかもしれません。
料理については1990年代前半のお話ですので、インターネットで世界中とつながる現在では料理事情は変わっているのかもしれません。
【少しの気の緩みが情報漏洩へと繋がる】
情報収集は映画やドラマのような、派手なやり取りばかりではありません。
1965年、インド・パキスタン戦争が起きるか起きないか日本は重大な関心を持っていました。
そこで、当時若い書記官としてロンドンに勤務していた北村さんはイギリスの外務省に連日通って情報収集をしていました。
イギリス外務省は、一人で館内を出歩くことが出来ません。
常に監視の目があるため、面談した相手以外と接触することはできません。
情報収集が難しい中、北村さんはその日偶然にもインド・パキスタン関係の職員のいつもと違うある行動を目撃します。
何かが起きると直感した北村さんはすぐに東京へ電報を打ち、その翌日にインド・パキスタン戦争が始まりました。
「廊下情報」として北村さんは評価されたそうですが、情報の扱いに長けたイギリスらしからぬ情報漏洩でした。
外交に関わる職員は使う言葉や表情、行動によって思わぬ情報漏洩をしてしまいかねません。
重大な案件であればあるほど細心の注意を払わなければならず、その負担は計り知れません。
【最後に】
本書では外国大使でなければ経験できない貴重な体験を書いています。
エリザベス女王との謁見や、イギリス議会の様子、園遊会や夜会など北村さんが体験した内容が詳しく書いてあるため、とても興味深いです。
イギリスと日本の違いについても、豊富な外交官経験から北村さんの考察も交えて書かれている為勉強になります。
イギリス人と血の通った交流をした北村さんが気づいたイギリス人の気質や性格など、余すことなく書かれており、漠然としたイギリス人のイメージがより鮮明になりました。
イギリスの教育制度の功罪、古城を受け継いだ貴族の子孫の苦労、百年前の晩餐会の料理、スピーチの重要性、日本とイギリスの特別な関係、良いところのお嬢さんを見極めるベッドの秘密など、イギリスの様々な一面を知ることが出来ます。
2016年からEU離脱問題でイギリスは混乱の中にありますが、表舞台には決して出てこない北村さんのような外交官たちが、様々な情報収集を日々行ってイギリスとの新しい関係を模索していることでしょう。
イギリスや外国大使のお仕事に興味がある人は、読んでおいて良い一冊だと思います。