※この記事は十二国記シリーズ第二巻の紹介記事となりますので、第一巻「月の影 影の海」を読了していることが前提となります。
「月の影 影の海」の内容に触れていますので、まだ読んでいない方はご注意ください。
【簡単なストーリー】
戴国の麒麟が生まれる前に蝕が起き、泰麒の入った泰果がどこかへと流されてしまった。
懸命に捜索をするも泰果の行方は分からず、戴国は泰麒を失ってしまった。
泰麒が流されてから十年後、日本のある民家では一人の少年が雪が降る中罰として庭先に立たされていた。
家族と何故かうまく馴染めない少年は、どうしたら良いかわからないまま寒さに震えていたところ、白い腕が手招きしているのを見つけて近づきます。
するとその手に捕まれて不思議な世界へと連れていかれ、少年は泰麒と呼ばれ歓迎されます。
少年は、自身が麒麟と呼ばれる生き物でこちらが本当の生まれた世界と知り困惑します。
何もかもが今までとは違う生活に最初は戸惑いますが、大切に扱われ沢山の愛情を受けるうちに、泰麒は次第に慣れていきます。
麒麟には王を選ぶという大役があることを知り、泰麒はどうやって王を選べばいいのかがわかりません。
日本で長く生活をしすぎたせいで、泰麒は転変もできず使令も持っていませんでした。
荒廃が続く戴国は王を渇望し、王を選ぶ季節が近づくにつれて泰麒には不安が募ります。
転変できず、使令もなく麒麟としての実感が持てない泰麒は、泰王を選べるのか。
波乱の運命が待ち受ける戴国編の序章にあたる物語。
戴国民と泰麒の苦難はここから始まった。
著:小野不由美/新潮文庫
どんな本?
十二国シリーズ第二巻となる本作は、第一巻の物語開始より前の時間軸となります。
陽子が十二国の世界へ流される前の出来事で、戴国にまつわる物語です。
戴国の麒麟の泰麒が主人公で、前作で登場した景麒や延麒たち麒麟がどのように生まれ育ち、そして王を選ぶのかが描かれます。
泰麒は陽子と同じく日本から十二国の世界へ連れてこられて、困惑の中自身の大きな運命と対峙します。
本作で麒麟とはどのような存在なのかが詳しく描かれ、より十二国の世界への理解が深まるようになっています。
泰麒の物語は一つの区切りで終わりますが、本作のその後の物語は波乱に満ちていてその様子は第六巻「黄昏の岸 暁の天」で描かれます。
【本来いるべき場所】
麒麟が生まれ育つ蓬山に戴国の麒麟の泰果が実りました。
同時に生まれた女怪の汕子(さんし)は、泰果に駆け寄りその実から泰麒が生まれるのを心待ちにしていました。
ところが、蓬山に蝕が起こり泰果はどこかへ流されてしまいます。
汕子は悲鳴を上げ、行き場のない愛情を持て余しその後十年間にわたって泰麒を探し彷徨うことになります。
泰麒は日本へと流されていて、そこで普通の少年として育てられていました。
汕子たちが見つけるまでの十年間、泰麒は自分が麒麟とは知らずに生活をしていましたが、学校でも家庭内でもうまくいかず、祖母からは疎まれ弟からも嫌われていました。
泰麒はどうして上手く関係を築けないのかがわからず、母親を悲しませてしまうことに罪悪感を持っていました。
泰麒が謝らないことを理由に、祖母は雪が降る中罰として泰麒を庭先に立たせます。
寒さで震える中、蔵と堀の間から白い手が手招きしているのを見つけて泰麒は興味本位でその手に近づきます。
白い腕は泰麒の手首を掴み、不思議な空間へと引き込みます。
気付くと泰麒は見たこともない場所にいて、泰麒を歓迎する人々に囲まれていました。
泰麒は通常の麒麟の金の髪ではなく、珍しい黒髪で出迎えた蓬山の女仙たちを驚かせます。
泰麒は汕子や女仙たちから、本来の生まれ場所はここであり長い間行方不明だったと知らされます。
家族と上手くいかなかったのは自分が異分子だったからだとわかり、泰麒はもう元の生活には戻れないのだと本能的に理解します。
今までの生活の記憶が次々と思い出され、決して良い環境とは言えなかったのに泰麒の胸は後悔と寂しさで溢れ、泣き出してしまいます。
泰麒は泣きながら、元の世界との別れを受け入れていました。
陽子と泰麒は本来の十二国の世界で生まれ育つはずが、蝕で流され長い間日本で暮らしていたという共通点があります。
二人には似ている部分があり、陽子も泰麒と同じく日本では人間関係が上手くいっていませんでした。
陽子も居場所がないとわかっていながら、帰りたいという思いは捨てられずもう一度やり直したいと思っていました。
泰麒も泣きながら、もっと頑張れたのではないかという思いが心をかき乱します。
陽子も性格的には内気で気弱でしたが、泰麒は日本で過ごした家族や教師から自己否定され続けて、自尊心が低く自信の持てない子供になっていました。
向こうに流されて育った胎果は、本来の居場所ではないせいか周囲に違和感を感じさせて馴染めないのかもしれません。
泰麒は自分が上手くできないから周囲に迷惑をかけるのだと強く思っており、この自信のなさは泰麒の本来の力を抑えていて、そのことが泰麒を悩ませることになります。
【不完全な麒麟 景麒の指南】
汕子や女仙たちに歓迎され、生まれて初めて大切にされ愛情を受けた泰麒は、戸惑いながらも新しい生活に馴染んでいきます。
毎日汕子や女仙たちと遊び、蓬山を歩き回りながら少しずつ十二国のことを知っていきます。
その中で、泰麒は自分が麒麟と呼ばれる特別な存在でいずれ王を選び、蓬山を出ていくことを知ります。
麒麟は転変して獣の姿になることが出来て、使令を使って身を守ることが出来るのが普通でしたが、泰麒は転変もできなければ使令をどうやって手に入れるのかさえ分かりませんでした。
汕子や女仙にも麒麟の本能のことはわかりません。
泰麒は元の世界で上手くいかなかったように、周囲の期待に応えられない出来損ないの麒麟なのではないかと思い悩みます。
女仙たちもまた十年もの間異国にいた麒麟の前例がない為、史上初の転変も出来ず使令も持てない麒麟になってしまうのではないかと危惧します。
泰麒を攫おうとする者も現れ、自分で身を守ることも転変して逃げることもできない泰麒の状況は深刻でした。
その解決のために呼ばれたのが、慶国の麒麟で当時は予王に仕えていた景麒です。
景麒は正論ばかりを口にして、予王を追い詰めてしまい予王は王としての職務を放棄していました。
素直な気性で人懐っこい泰麒と関わることで、人との接し方を学ぶことが景麒の悩みを解決させるとして、景麒は泰麒に麒麟についての指南をすることになります。
王の選び方や転変、使令のことなど景麒にとっては当たり前のことを聞く泰麒に、景麒は素っ気ない言葉と態度で対応して泰麒を泣かせてしまいます。
素直な泰麒でさえ泣かせてしまう景麒が、予王を追い詰めてしまうのは当然だとして女仙から責められ、景麒は苦手に思いながらも泰麒と向き合うことにします。
麒麟として備わっているはずの能力がないことで思い悩む泰麒の気持ちを聞くことで、景麒は泰麒が麒麟である前に知らない世界へ連れてこられた小さな子供であったことに思い至ります。
景麒は泣いている泰麒を前にして、正論ばかりを投げつけるのではなく時には優しい言葉で慰めることも必要なのだと理解します。
景麒は不器用ながらも、泰麒を思いやり麒麟について出来る限りのことを伝えようとします。
景麒の歩み寄りに泰麒も応えて、泰麒はすっかり景麒を慕うようになり様々なことを教えてもらいます。
使令についても教えてもらい、実地訓練もしますが泰麒は使令を得ることが出来ませんでした。
長く国を空けることが出来ない景麒は、泰麒に転変させることも使令を持たせることも出来ないまま慶国へ帰っていきます。
景麒は、素直に感情を出し表情がころころ変わる泰麒を愛しく思うようになり、人に優しくすることを覚えました。
そしてこの優しさが、後に予王に道を踏み外させてしまうことになります。
泰麒は日本で生活していた頃の経験が心の深い傷となっていて、こちらの世界でも期待に応えられない出来損ないかもしれないという思いが、泰麒を悩ませます。
真面目で心根の優しい性格の為、たくさんの愛情を受けながら何もできない自分が不甲斐なく、その思いが溢れて涙を流します。
王を選ぶという大役が重荷になり、王を選ぶときにあるという天の啓示が自分にわかるのかが不安になります。
同じ麒麟の景麒に相談するも景麒の冷淡すぎる態度に、当たり前のことを聞いている自分が情けなく思えて居た堪れなくなり、泰麒はその場を逃げるように離れます。
この場面の景麒の対応は本当に酷いため、これでは気弱な予王が追い詰められるのもわかります。
十二国記シリーズの中で景麒の内面描写は珍しく、本作では景麒の本音が描かれていて「正論で何がいけないのか」と不満に思う景麒が、泰麒と関わることで相手を思いやることを覚えます。
泰麒を泣かせてしまい、狼狽えている景麒の様子は貴重です。
不器用で仏頂面なのは変わらないものの、慶国に帰る頃になると女仙に気を遣うようになるなど景麒は成長しましたが、それが慶国にとって仇となってしまいました。
麒麟が転変して獣の姿になると知った泰麒は、首の長い動物のキリンとしばらくの間勘違いをしていて、その間は泰麒の発言する「麒麟」という言葉は全てカタカナ表記の「キリン」となっています。
この勘違いはNHK版のアニメだと、部屋で一生懸命首を伸ばそうと頭を引っ張っているシーンで表現されていて、その様子が可愛らしいので泰麒が好きな人に見てもらいたい場面です。
【天啓がわからない】
転変も出来ず使令もないまま、泰麒は麒麟としての自信を持てずついに王に選ばれるために戴国の国民が昇山してきます。
麒麟と女仙以外の人に初めて出会った泰麒にとって、戴国民が持ってきた品々や騎獣が珍しくあれこれ見て回ります。
王に選ばれるため、戴国民が次々と泰麒に挨拶をしてきますが泰麒は景麒の言っていた王気がわからず、天啓と感じる変事が何もない為確信を持てないまま王ではないと返事をすることが辛くなってきます。
不完全な麒麟である自分には天啓がわからないのではないかと不安にさせ、王なのかどうかの判断に自信が持てません。
見て回っている内に天馬を連れていた承州師の将軍で女性の李斎(りさい)と仲良くなります。
人柄もよく、明瞭な受け答えをしてくれる李斎に泰麒は李斎が王だったら良いのに思いますが、天啓と感じるものは起きません。
喧嘩をする騒動があり、その渦中にいた戴国禁軍将軍、驍宗(ぎょうそう)と出会います。
泰麒は驍宗に恐れを感じ、早くその場から立ち去りたい衝動が抑えられません。
天啓のようなものが起きていないことを確認してから、泰麒は驍宗に王ではないと伝えます。
周囲はどよめき、驍宗が泰王の有力候補だったことを知ります。
李斎に驍宗のことを話すと、李斎もまた驍宗が泰王になると考えていたことを聞き、泰麒は驍宗からは恐れしか感じられず、天啓のようなものがなかったと思い返します。
驍宗を怖いと感じながらも、李斎と共に会いに行くのが習慣となっていて泰麒は驍宗と李斎の騎獣狩りに付いていくことにします。
麒麟としての自信が持てない泰麒は、王気も天啓もわからず王を選べるのだろうかという不安が付きまとっています。
麒麟のことを相談できた景麒がいない為、泰麒は王を選べないのではないかという不安を誰にも話すことが出来ません。
泰王と目されていた驍宗を選べなかったことで、泰麒は王がわからないのではないかとより一層不安を強めます。
誰にも相談できない泰麒の不安は次第に大きくなり、後に王の選定について大罪を犯してしまったのではないかと泰麒を苦しめることになります。
【史上最強の妖魔】
騎獣狩りに付いていった泰麒は、自分が出来るはずのことが出来ない病気の麒麟だと李斎と驍宗に告白します。
驚く二人でしたが、泰麒を責めることはなくいつもは怖いと感じる驍宗が優しく泰麒の頭を撫でて慰めます。
巣穴を見つけて三人は中に入っていきますが、泰麒は本能的に良くないものがいることを感じて引き返そうとします。
泰麒が怖気づいているだけだと軽く考えていた李斎と驍宗は取り合わず、李斎が穴の近くに行ってしまい、そこから現れた「何か」に腕を取られて奥へと引っ張り込まれてしまいます。
驍宗が李斎の救出に向かうのを見て、泰麒は居ても立っても居られず汕子の静止を振り切って奥へと向かいます。
そこに居たのは、非常識な力で最早伝説の一部にもなっている最強の妖魔、饕餮(とうてつ)でした。
逃げるように言う驍宗を無視して、泰麒は使令を下す練習をした際に習った術式で饕餮の動きを止めます。
強大な饕餮に敵うはずがない泰麒は時間を稼ぐつもりでしたが、視線が合ってしまいどちらかが負けるまで終わらないにらみ合いが始まってしまいます。
驍宗が逃げることが出来ないことを泰麒に伝えたことで、泰麒は驍宗を守るために饕餮を使令に下さなければならなくなりました。
饕餮とのにらみ合いは泰麒の麒麟としての本能を解放させ、抑えられていた泰麒の強大な力が目覚めます。
誰にも使令にすることが出来ないと言われていた伝説の妖魔饕餮を泰麒は見事使令に下すことが出来ました。
その過程で、泰麒は自身が人ではなく獣なのだと実感することが出来ます。
泰麒の本来の力を見て、驍宗は頼もしく思う反面強い力を持つことの自覚が薄い泰麒を不安に思います。
泰麒に麒麟としての本能が目覚めたことは、女仙たちを安心させ麒麟として泰麒は問題ないと考えてしまい、使令を手に入れてからの泰麒の苦悩を推し量ることが出来なくなってしまうのでした。
気弱で控えめな性格の泰麒は、饕餮の巣穴に入ってから強い意志で李斎と驍宗に帰るよう促したり、汕子の静止を振り切るなど泰麒の様子がいつもと違います。
小物の妖魔ですら使令に出来なかった泰麒は、驍宗を助ける為抑えられていた本来の力が目覚めて、饕餮を使令にします。
饕餮を使令に下すシーンはNHK版のアニメでは迫力あるシーンとなっていますので、泰麒の勇ましい姿を見ることが出来ます。
麒麟としての実感が持てたことで、泰麒は驍宗には天啓がないと改めて感じてしまいます。
王ではないという確信を持った泰麒でしたが、驍宗と離れたくない思いから大罪を犯してしまいます。
【天啓のない王 偽りの誓約】
驍宗が蓬山を去ることを知った泰麒は、驍宗がいなくなってしまうことが耐えられず、その衝動に抗うことが出来ずに部屋を飛び出して、驍宗に会いに行きます。
引き留めようとする者たちから逃げる為、無我夢中で走っていると泰麒はいつの間に転変し麒麟の姿で夜の闇を駆けていました。
驍宗に追い付いた泰麒でしたが、帰るように促す驍宗を前にして泰麒は天啓がないまま王の誓約をしてしまいます。
そうでもしなければ、驍宗は二度と泰麒の前に現れないと考えた泰麒の思い余った行動でした。
驍宗は誓約を承諾し、ここに天啓のない泰王が誕生してしまいました。
自身の犯した大罪に泰麒は怯え、偽りの王が統治する戴国の未来を想像して恐ろしさに震えます。
偽りの王を選んでしまったと悩む泰麒の苦悩は誰にも知られないまま、泰王即位に向けて様々な事柄が進んでいってしまうのでした。
泰麒の様子がおかしいことに気づいた驍宗は、ある人物を呼び寄せて確かめることにします。
【最後に】
戴国はその後の物語で波乱の運命が待ち受けていて、本作はその始まりの物語です。
麒麟を主人公とすることで、十二国記シリーズで重要な麒麟について詳しく描いています。
「月の影 影の海」で捕らわれていたせいであまり描写がなかった景麒が、本作では重要な役割を担っておりその内面も描かれています。
予王には王として決定的に足りないものがあるとわかっていたと語っており、恐らく同じような印象を受けた陽子については二度目ということもあって、「月の影 影の海」の冒頭シーンの陽子への悪態になったのだと思われます。
NHK版のアニメでは予王の言動を見ることが出来て、過酷な旅を始める前の陽子と雰囲気が似ていることが分かります。
陽子が襲撃されず、過酷な旅をしないで即位してしまった場合アニメの予王のようになってしまった可能性が高いです。
陽子と会った時、予王と同じものを感じた景麒は似たような主人ばかり選ぶ自分が嫌になったのでしょう。
泰麒は、十年間日本で育ってしまって麒麟の本能が失われていたり、偽りの王を選んでしまったと苦悩するなど、普通の麒麟とは違って苦労が多くそれは以降も続いていきます。
李斎が語った驍宗の人物評は、実は泰麒にもそのまま当て嵌まるもので、第六巻「黄昏の岸 暁の天」にて、李斎はある人物から泰麒への接し方について苦言を呈されることになります。
泰麒の物語は一区切りとなりますが、景王となった陽子が後に泰麒と関わることになり物語が大きく動いていきます。
泰麒の物語は十二国記の世界を揺るがす重大な物語に発展していく為、麒麟のことを知るだけではなく十二国記シリーズ全体として「風の海 迷宮の岸」は重要な一冊です。