※この記事は「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」と「ミレニアム2 火と戯れる女」に続く第三部「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」についての内容となりますので、第一部と第二部の内容に触れています。
未読の方やこれから楽しみたい方は、間接的なネタバレを読んでしまう可能性がありますのでご注意ください。
【簡単なストーリー】
駆け付けたミカエルの通報により瀕死の重傷を負ったリスベットは病院へと運ばれた。
手術は成功したものの、回復には時間がかかりリスベットはしばらく病院から動けずにいた。
ザラチェンコもまた同じ病院へ収容され、警察による事情聴取が始まった。
ザラチェンコは一切の容疑を否認し、警察を嘲笑う。
警察が捜査を始める一方で、ザラチェンコの存在を公にしたくない者たちが事態収拾の為、密かに動き出す。
リスベットの弁護人になったアニカ・ジャンニーニが、病室でリスベットと話をしていると突如銃声が響き渡った。
「リスベットには消えてもらわなければならない。」
正体を現した敵との、全てを取り戻すための最後の戦いが始まった。
著:スティーグ・ラーソン
訳:ヘレンハルメ美穂 岩澤雅利/ハヤカワ文庫
どんな本?
三部作のラストを飾る本作で、リスベットの物語は終わりを迎えます。
幼少の頃から現在に至るまで続いたリスベットの敵との最終決戦となります。
ずっと一人で戦い続けたリスベットは、ミカエルやドラガンが結成した狂卓の騎士たちの力を借りて敵と戦います。
そして、同時進行で描かれるのが第一部から一貫したテーマの一つである女性たちの戦いです。
大手新聞社の編集長に引き抜かれたエリカ・ベルジェを待っていたのは、男性だらけの職場でエリカに反発する新しい部下たちでした。
新しい職場と環境に苦労しながら、新聞社を立て直そうとするエリカにストーカーが現れます。
エリカの警護に当たったミルトンセキュリティーのスサンヌ・リンデルは、事件が起きていることが分かりながら被害が出る前に救えない警察に失望し、警察を辞めたことを話します。
スサンヌはエリカを助けるため大胆な行動に出ます。
モニカ・フィグローラは自身の職場である公安警察の不正について、一つ間違えれば辞職すらあり得る危険な調査を任されます。
ソーニャ・ムーディグは引き続き事件を捜査し、危ない橋を渡ります。
弁護を任されたアニカは、刑事事件の経験がないと侮る敵と法廷で戦います。
第三部では、リスベットを含めた女性たちそれぞれの戦いが描かれているのが特徴的です。
スティーグ・ラーソンが描いたミレニアムは第三部までで、第四部からはダヴィド・ラーゲルクランツが執筆しています。
【暗躍するザラチェンコクラブ】
ザラチェンコがリスベットに重傷を負わされ入院したことにより、ザラチェンコの秘密が公になることを恐れた公安の「ザラチェンコクラブ」は緊急会議を開き、対策を考えます。
現役を引退していたエーヴェルト・グルベリは、この不始末に最善の策を立てます。
決行されたグルベリの作戦は思いもよらないものでした。
ザラチェンコクラブの作戦の実行から物語が急展開を迎えます。
積極的に活動していたかつてのメンバーと現役メンバーでは仕事に対する温度差があり、それはそのまま覚悟と実行力の差となって現れました。
現役メンバーのビリエル・ヴァーデンシェーはグルベリの「最善の策」に絶句し、目的の為なら手段を厭わない手口に恐怖を覚えます。
ザラチェンコクラブはリスベットを再び精神病院へ入れて、二度と出てこれなくなるよう画策します。
ミカエルたちの切り札だったビョルクの報告書を盗み、リカルド・エクストレム検事を操って裁判がリスベットの精神病院行きの判決が下るよう、暗躍します。
素早く行われた彼らの作戦により、ミカエルたちは一気に劣勢になってしまいます。
【集う狂卓の騎士たち】
リスベットを救うべく、ミカエルはドラガンやパルムグレン、アニカ、ミレニアムのメンバーと協力してザラチェンコクラブと戦うことを決意します。
強大な相手に立ち向かい、そして守る相手があのリスベットということでミカエルは物好きの集まりとして「狂卓の騎士」と呼びます。
第三部はリスベットが病院から動けない場面が多く、得意のハッキングも自由にできない環境から代わりに「狂卓の騎士」たちが活躍します。
ドラガンは公安の知り合いのトーステン・エドクリントに話を持ち掛け、エドクリントは真偽を確かめるため部下のモニカに調査を指示します。
そして、ザラチェンコクラブの存在は、首相を巻き込んだ前代未聞の捜査へと発展していきます。
第三部から登場したモニカは、男女が平等に働くことが当たり前の現代ならではの価値観を持った女性として描かれます。
モニカは体を鍛え抜いて女性らしくいることより強くあることを目指しています。
会議があると、モニカは上司であるエドクリントからコーヒーを淹れるようそれとなく促されますが無視します。
男性と対等であることを望み、性別による役割分担を嫌います。
同じく男性が多い中刑事として働くソーニャ・ムーディグとは意思表示の仕方が違います。
ミカエルは「狂卓の騎士」達、公安のエドクリントとモニカ、警察側のブブランスキー達と協力しザラチェンコクラブに対抗します。
【もう一つの孤独な戦い】
第三部ではリスベットの戦いとは別に、エリカが災難に見舞われます。
大手新聞社の改革を求められて、編集長に引き抜かれたはずのエリカでしたが部下たちはエリカの言うことに耳を貸しません。
また、改革案を提案しても却下され何のために編集長に抜擢されたのかが分からなくなります。
頼れる味方がいない中エリカは次第に疲弊していきます。
そして、「クソアマ」と書かれた嫌がらせメールが送られるようになりそれは次第にエスカレートしていきます。
自宅に侵入され、プライベートな写真やビデオを盗まれたことによりエリカは精神的に追い詰められます。
エリカの警護に当たったスサンヌは、エリカを守るため被害の出る前に大胆な行動に出ます。
スサンヌは被害が出る前に助けられる民間の警備会社という仕事を選びましたが、お金を払わなければ助けることが出来ない、という問題を抱えることに気づきます。
リスベットは窮地に陥っても自分で解決することを選びますが、エリカのような一般人には出来ません。
エリカは問題をお金で解決していることを自覚し、安全確保にお金を払うことが出来なかったらどうなっていただろうと考えます。
リスベットが偶然エリカがストーカー被害に遭っていることを知ったことで、ストーカー問題は進展します。
エリカはミカエルの言っていたリスベットの能力を実際に体験することで、リスベットの能力の高さに改めて驚くのでした。
賢く聡明なエリカでさえ、一方的なストーカーという名の暴力には対抗することが出来ませんでした。
エリカが自覚した通り、金銭的に余裕がなく頼れる家族や友人がいなければ最悪な結果となっていたに違いありません。
このエピソードは、事件を未然に防げない警察に失望したスサンヌと、お金で安全を買うことが出来たエリカが中心となることで、突然の理不尽な暴力に見舞われた時に起きる現代の問題を提起しています。
より弱い存在として女性が被害に遭うエピソードとなっていますが、これは男性の場合でも同じことが言えるのではないでしょうか。
【権利と責任】
裁判が開かれ、ミカエルたちが考えた反撃が始まります。
ザラチェンコクラブは予想外の反撃に戸惑い、計画が破綻していきます。
弁護をするアニカは精神科医のペーテル・テレボリアンと対決し、精神鑑定書の嘘と精神病院で行われていた人権侵害を明らかにします。
仕上げにビュルマン弁護士の証拠DVDを上映し、テレボリアンがザラチェンコクラブと結託してリスベットを罠に嵌めたことを糾弾します。
この裁判のシーンは、今まで反撃したくても出来なかったリスベットの苛立ちを一気に解消させる、痛快な場面です。
権力を笠に着てやりたい放題だったエクストレム検事とテレボリアンは、自分たちが拠り所にしていたものが崩壊していることに今更気づきます。
リスベットは無罪を勝ち取り、失われていた全てのスウェーデン人としての権利を回復させます。
それは権利の回復と同時に責任も伴うことを意味していました。
リスベットは法的には何も権利を持たない無能力者であることを理由にして、あらゆる義務や責任を無視してきました。
権利が与えられていないのだから、責任を果たす義理はないという考えです。
権利が回復したことで、リスベットは行動を改めることを求められます。
リスベットは権利と責任を理解することでハリエットの苦悩の意味を知ることになり、バカ女という認識を改めます。
【リスベットの成長】
第三部ではリスベットは多くの人々に助けられました。
その事が長年他人に対して信頼を置けず、距離を置いてきたリスベットの心境に変化を与えます。
ミカエルやドラガンはリスベットに甘いところがありますが、アニカはそうではありません。
アニカはいつまでも自分の殻に閉じこもり、相手が合わせるのを待っていてはいけないと諭します。
リスベットはアニカに距離を置かれそうになると素直になり、不器用ながらも友好関係を築きたい意志を示します。
他人に弱いところを見せるのが大嫌いなリスベットは、お金の管理を任せている男に珍しく悩みを打ち明け、ミミとの関係改善の相談をします。
アドバイスに従ってミミに会いに行ったリスベットは、ここでも不器用な言葉で友人でいて欲しいことを伝えます。
そしてミカエルとの関係もまた新しい段階へと変わるのでした。
【最後に】
第三部のリスベットたちの反撃の鍵は、実は第一部に全て出ています。
テレボリアンの精神鑑定が根拠に乏しいことや、撮影したビュルマン弁護士のDVD、大きな活躍をしたドラガンとの関係、パルムグレンの法廷で見せる一面、プレイグやトリニティたちなど第一部は第三部の反撃の鍵が既に登場しており、三部作として第一部には多くの伏線と布石が散りばめられています。
三部作を全て読み終えてから第一部を読み直してみると、ここにこんな情報が出ていたんだと気づかされます。
スウェーデン版映画「眠れる女と狂卓の騎士」の裁判シーンは、情勢が悪くなるにしたがってエクストレム検事とテレボリアンの間に流れる気まずい空気を見事に映像化しています。
彼らを腹立たしく思っていればいるほど、動揺し居心地悪そうにする二人の様子は中々面白いです。
映画は時間の制約があるため、アニカの畳みかける反撃はカットされている部分が多いのですが、映像ならではの醜態を晒す二人の様子は小説とは異なる痛快さがあります。
第二部から第三部にかけて「DNA」というキーワードがよく出てきます。
第二部のニーダーマンが倉庫を焼き払う時も「DNA」という言葉を思い浮かべていますし、リスベット自身も「DNA」に興味を持って本を読み漁っています。
もしスティーグ・ラーソンが第四部以降も執筆していたら、「DNA」にまつわる物語になっていたのではないかと思います。
第二部で明かされたニーダーマンの他にも異母兄姉がいるという設定が、第四部以降の布石だったのかもしれません。
ハリウッドが第二部と第三部を飛ばして第四部から再び映像化しますが、第一部から第三部が密接に繋がっている事を考えると、制作陣とキャストを一新したとなれば第四部からの映像化は仕方ないのかもしれません。
ミレニアムシリーズはまだまだ続くようですので、これからも楽しみにしたいと思います。