フランスのどこそこで修行したシェフのお店です、という言葉をテレビや雑誌でよく聞きますが、フランス料理のことも料理人のことも実はよくわかっていません。
異国で修行するってどういう風にやるんだろう?そもそも料理人ってどんな世界なんだろう?
そんな好奇心からこの本を読むことにしました。
【本の内容】
料理の世界に入りたての新人だった斉須は洗い物などの雑務をしながら、雑務を押し付けて遊んでばかりいる先輩たちを見返してやろうと考えていた。
技術指導に来ていたフランス人シェフに「あなたのお店で働かせてください」と頼み込みます。他にもいたであろうフランス行き志望者の中から斉須だけがフランスに行けることになります。
なぜ自分が?その問いにフランス人シェフはこう答えます。
「君がいつも洗い場を綺麗にしていたからだよ」
フランス語もわからない、お金もない、料理の腕と経験も十分とは言えない。
若さと情熱だけを頼りに23歳の若者はフランス料理界へと飛び込んでいく。
著者:斉須政雄/幻冬社文庫
どんな本?
斉須政雄さんの自伝でもあり、仕事に対する向き合い方を書いた本でもあります。
この文庫の裏表紙には「料理人にとどまらず、働く全ての人に勇気を与えたロングセラー」の記載があり、ビジネス書としても人気があるようです。
フランスに渡った斉須さんが必死でフランス料理を学び、様々な経験をして成長していきます。
斉須さんが経験した実際の調理現場とフランスという国が、わかりやすい文章で書かれています。
自分の価値観や得たことを押し付けることはありません。
ビジネス書や自伝ものにありがちな、「これが正しくて、あれはダメだ!」といった決めつけがないのです。
素直に感じたこと、考えたことなどを書いていて、本書では常に「これから頑張る人たちへ」に向けて優しい言葉で書かれています。
フランス料理の修行を通していろんなことを考え、経験したことを書くけどあなたのこれからの参考になるのなら嬉しい、といったスタンスで書かれた本です。
まさに戦場な調理場
調理現場の実情には驚きました。
ぼんやりとフランス料理は優雅で、繊細なものという先入観がありました。
どうやって作ったのかわからない美しい料理の数々が、時間に追われ時には怒号が飛び交うまさに戦場のような調理場から生み出されているとは思わなかったのです。
最初に修業したお店で斉須さんはキャパオーバーな予約状況に恐慌状態に陥りながら、仕事に食らいついていきます。
次々とくるオーダーに対応しなければならないのはフランス語が分からない状態ではまさに地獄。強い意志と目標がなければ精神を病んで帰国してしまうところでしょう。
フランス人でも逃げ出す人たちが出てきますが斉須さんは逃げません。
日本に帰国したいという気持ちが出てきますが、自身を奮い立たせて毎日料理とフランス語を勉強していきます。
語学留学をした人や、語学に自信がないのに海外で仕事をしなければならない状況になったことがある人などは共感できることも多いのではないでしょうか。
人格と仕事 自分の考えを持つということ
フランス語が不自由だからこそ、言葉でごまかすことが出来ません。
常に行動で自分を示していかなければなりません。
それが行動こそが人格を作るということを気づかせます。
フランスに連れて行ってくれたシェフは、斉須さんの料理人としての腕を見ていたわけではありませんでした。
一つ一つのことを丁寧にやる。誰かに言われなくても洗い場を綺麗にするという大切なことを行う。
行動に現れた斉須さんの人格を見て評価し、フランスへ連れて行ったのです。
言葉が通じる通じないは関係なく、その人の仕事の取り組み方でごまかしの利かないありのままのその人自身が現れるのだと思います。
斉須さんは様々な店舗で修行していきますが、将来独立するにあたりお店の運営と調理場でのリーダーシップについても考えを巡らせるようになります。
慣例とされていること、常識として刷り込まれていることに捕らわれず、「こうした方がいいのでは?」や「こんなことされて嫌だったから変えよう」と柔軟な発想をします。
何でもかんでも変えればいいということではなく、きちんと理想とする像と軸があってのことです。
斉須さんは決して流されず、自分で考え抜いた意見と価値観を持って行動します。
フランスの住居についてのエピソードは、冷静に物事をとらえ考えたからこそだと思います。
最後に
この本は料理人が書いた料理人のための仕事論の本では決してありません。
料理の世界を通して普遍的な仕事の在り方や、考え方を教えてくれます。
悩む人たちへ、斉須さんは自身が経験し、考えたことを惜しげもなく書き「これから頑張る人たちへ」の後押しとなる本です。